維摩経 / 法供養品第十三(1)
爾時釋提桓因於大眾中白佛言。世尊。我雖從佛及文殊師利聞百千經。未曾聞此不可思議自在神通決定實相經典。如我解佛所說義趣。若有眾生聞是經法。信解受持讀誦之者。必得是法不疑。何況如說修行。斯人即為閉眾惡趣開諸善門。常為諸佛之所護念。降伏外學摧滅魔怨。修治菩提安處道場。履踐如來所行之跡。世尊。若有受持讀誦如說修行者。我當與諸眷屬供養給事。所在聚落城邑山林曠野有是經處。我亦與諸眷屬。聽受法故共到其所。其未信者當令生信。其已信者當為作護。佛言。善哉善哉。天帝。如汝所說。吾助爾喜。此經廣說過去未來現在諸佛不可思議阿耨多羅三藐三菩提。
新字:爾時釈提桓因於大衆中白仏言。世尊。我雖従仏及文殊師利聞百千経。未曽聞此不可思議自在神通決定実相経典。如我解仏所説義趣。若有衆生聞是経法。信解受持読誦之者。必得是法不疑。何況如説修行。斯人即為閉衆悪趣開諸善門。常為諸仏之所護念。降伏外学摧滅魔怨。修治菩提安処道場。履践如来所行之跡。世尊。若有受持読誦如説修行者。我当与諸眷属供養給事。所在聚落城邑山林曠野有是経処。我亦与諸眷属。聴受法故共到其所。其未信者当令生信。其已信者当為作護。仏言。善哉善哉。天帝。如汝所説。吾助爾喜。此経広説過去未来現在諸仏不可思議阿耨多羅三藐三菩提。
書き下し
爾の時、釈提桓因、大衆の中に於いて仏に白して言わく、世尊、我、仏及び文殊師利に従いて百千の経を聞くと雖も、未だ此の不可思議自在神通決定実相の経典を聞かず。我が仏の説きたまう所の義趣を解するが如きは、若し衆生有りて是の経法を聞き、信解し受持し読誦せば、必ず是の法を得て疑わず。何ぞ況んや説の如く修行せんをや。斯の人は即ち衆の悪趣を閉じ、諸の善門を開き、常に諸仏の護念する所と為り、外学を降伏し魔怨を摧滅し、菩提を修治して道場に安処し、如来の行じたまう所の跡を履践す。世尊、若し受持し読誦し、説の如く修行する者有らば、我、当に諸の眷属と供養し給事すべし。所在の聚落・城邑・山林・曠野に是の経有る処には、我も亦諸の眷属と、法を聴受せんが故に共に其の所に到り、其の未だ信ぜざる者をば当に信を生ぜしめ、其の已に信ずる者をば当に為に護と作すべし。仏の言わく、善きかな善きかな、天帝。汝が説く所の如し。吾れ爾の喜びを助く。此の経は広く過去・未来・現在の諸仏の不可思議阿耨多羅三藐三菩提を説く。
現代語訳
そのとき、帝釈天は大衆の中で仏に申し上げました。「世尊、私は仏と文殊師利から百千の経を聞いてまいりましたが、この不可思議で自在な神通をそなえ、真実のありさまを決定して説く経典は、まだ聞いたことがありません。私が仏の説かれた意味をこう理解しておりますのは、もし衆生がこの経の教えを聞いて信じ理解し、受け持ち読み誦えるならば、必ずこの法を得て疑わないということです。まして、説かれたとおりに実践する人ならなおさらです。そのような人は、もろもろの悪い境涯の道を閉じ、善い門を開き、常に諸仏に守り念じられ、外道の学を降し、魔の怨敵を打ち砕き、悟りを修め整えて道場に安らかに住み、如来が歩まれた足跡を踏んで進みます。世尊、もし受け持ち、読み誦え、説かれたとおりに実践する人がいれば、私は眷属とともに供養し、お仕えいたします。その人のいる村や町、山林や荒野で、この経のあるところには、私も眷属とともに法を聞くためにそこへ行き、まだ信じていない者には信を起こさせ、すでに信じている者の守りとなりましょう。」仏は言いました。「よいことだ、よいことだ、天帝。あなたの言うとおりである。私はあなたの喜びに力を添えよう。この経は、過去、未来、現在の諸仏の不可思議な無上の悟りを広く説いているのだ。」
解説

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維摩経・法供養品第十三(2)是の故に天帝、若し善男子・善女人、是の経を受持し読誦し供養せば、即ち去来今の仏を供養すと為す。天帝、正使い三千大千世界に如来満てる中、譬えば甘蔗・竹・葦・稲・麻・叢林の如くならんに、若し善男子・善女人有りて、或いは一劫、或いは一劫に減じて、恭敬し尊重し讃歎し供養し、諸の安んずる所を奉じ、諸仏の滅後に至りて、一一の全身舎利を以て七宝の塔を起て、縦広は一四天下、高さは梵天に至り、表刹は荘厳し、一切の華香・瓔珞・幢幡・伎楽の微妙第一なるを以て、若しくは一劫、若しくは一劫に減じて之を供養せんに、天帝の意に於いて云何。其の人、福を植うること寧ろ多しと為すや不や。釈提桓因言わく、多し、世尊。彼の福徳は、若し百千億劫を以て説くも尽くす能わず。仏、天帝に告げたまわく、当に知るべし、是の善男子・善女人、是の不可思議解脱の経典を聞き、信解し受持し読誦し修行せば、福は彼よりも多し。所以は何ん。諸仏の菩提は皆是れより生ず。菩提の相は限量すべからず。是の因縁を以て福は量るべからず。
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