維摩経 / 法供養品第十三(2)
是故天帝。若善男子善女人。受持讀誦供養是經者即為供養去來今佛。天帝。正使三千大千世界如來滿中。譬如甘蔗竹葦稻麻叢林。若有善男子善女人。或一劫或減一劫。恭敬尊重讚歎供養奉諸所安。至諸佛滅後。以一一全身舍利起七寶塔。縱廣一四天下高至梵天表剎莊嚴。以一切華香瓔珞幢幡伎樂微妙第一。若一劫若減一劫而供養之。於天帝意云何。其人植福寧為多不。釋提桓因言。多矣世尊。彼之福德若以百千億劫說不能盡。佛告天帝。當知是善男子善女人。聞是不可思議解脫經典信解受持讀誦修行福多於彼。所以者何。諸佛菩提皆從是生。菩提之相不可限量。以是因緣福不可量。
新字:是故天帝。若善男子善女人。受持読誦供養是経者即為供養去来今仏。天帝。正使三千大千世界如来満中。譬如甘蔗竹葦稲麻叢林。若有善男子善女人。或一劫或減一劫。恭敬尊重讃嘆供養奉諸所安。至諸仏滅後。以一一全身舎利起七宝塔。縦広一四天下高至梵天表刹荘厳。以一切華香瓔珞幢幡伎楽微妙第一。若一劫若減一劫而供養之。於天帝意云何。其人植福寧為多不。釈提桓因言。多矣世尊。彼之福徳若以百千億劫説不能尽。仏告天帝。当知是善男子善女人。聞是不可思議解脱経典信解受持読誦修行福多於彼。所以者何。諸仏菩提皆従是生。菩提之相不可限量。以是因縁福不可量。
書き下し
是の故に天帝、若し善男子・善女人、是の経を受持し読誦し供養せば、即ち去来今の仏を供養すと為す。天帝、正使い三千大千世界に如来満てる中、譬えば甘蔗・竹・葦・稲・麻・叢林の如くならんに、若し善男子・善女人有りて、或いは一劫、或いは一劫に減じて、恭敬し尊重し讃歎し供養し、諸の安んずる所を奉じ、諸仏の滅後に至りて、一一の全身舎利を以て七宝の塔を起て、縦広は一四天下、高さは梵天に至り、表刹は荘厳し、一切の華香・瓔珞・幢幡・伎楽の微妙第一なるを以て、若しくは一劫、若しくは一劫に減じて之を供養せんに、天帝の意に於いて云何。其の人、福を植うること寧ろ多しと為すや不や。釈提桓因言わく、多し、世尊。彼の福徳は、若し百千億劫を以て説くも尽くす能わず。仏、天帝に告げたまわく、当に知るべし、是の善男子・善女人、是の不可思議解脱の経典を聞き、信解し受持し読誦し修行せば、福は彼よりも多し。所以は何ん。諸仏の菩提は皆是れより生ず。菩提の相は限量すべからず。是の因縁を以て福は量るべからず。
現代語訳
「だから天帝よ、もし善い男女がこの経を受け持ち、読み誦え、供養するならば、それは過去、現在、未来の仏を供養することになる。天帝よ、仮に三千大千世界が、サトウキビや竹や葦や稲や麻のように、叢林のごとく、如来で満ちているとしよう。もし善い男女がいて、一劫、あるいは一劫に少し足りない間、敬い、重んじ、ほめたたえ、供養し、仏が安らぐためのものを捧げ、諸仏が滅度した後には、それぞれの全身の舎利のために七宝の塔を建てるとしよう。その塔は縦横が一つの四天下ほども広く、高さは梵天にまで至り、先端の飾りも荘厳で、あらゆる花、香、首飾り、幢幡、音楽の最も美しいもので、一劫、あるいは一劫に少し足りない間、供養するとする。天帝よ、どう思うか。その人が積む福は多いだろうか。」帝釈天は言いました。「多いです、世尊。その福徳は百千億劫かけて説いても説き尽くせません。」仏は天帝に告げました。「知るがよい。善い男女がこの不可思議な解脱の経典を聞き、信じ理解し、受け持ち、読み誦え、修行するなら、その福はそれよりも多い。なぜなら、諸仏の悟りはみなこの経から生じるからである。悟りのありさまは限りがない。この因縁によって、福もはかり知れないのだ。」
解説

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維摩経・法供養品第十三(1)爾の時、釈提桓因、大衆の中に於いて仏に白して言わく、世尊、我、仏及び文殊師利に従いて百千の経を聞くと雖も、未だ此の不可思議自在神通決定実相の経典を聞かず。我が仏の説きたまう所の義趣を解するが如きは、若し衆生有りて是の経法を聞き、信解し受持し読誦せば、必ず是の法を得て疑わず。何ぞ況んや説の如く修行せんをや。斯の人は即ち衆の悪趣を閉じ、諸の善門を開き、常に諸仏の護念する所と為り、外学を降伏し魔怨を摧滅し、菩提を修治して道場に安処し、如来の行じたまう所の跡を履践す。世尊、若し受持し読誦し、説の如く修行する者有らば、我、当に諸の眷属と供養し給事すべし。所在の聚落・城邑・山林・曠野に是の経有る処には、我も亦諸の眷属と、法を聴受せんが故に共に其の所に到り、其の未だ信ぜざる者をば当に信を生ぜしめ、其の已に信ずる者をば当に為に護と作すべし。仏の言わく、善きかな善きかな、天帝。汝が説く所の如し。吾れ爾の喜びを助く。此の経は広く過去・未来・現在の諸仏の不可思議阿耨多羅三藐三菩提を説く。
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法華経・分別功德品第十七(8)爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 若し我が滅度の後に、能く此の経を奉持せば、斯の人の福は無量にして、上に説く所の如し。是れ則ち一切の諸の供養を具足せり。舎利を以て塔を起て、七宝にて荘厳し、 表刹甚だ高広にして、漸く小にして梵天に至り、宝鈴千万億、風動けば妙なる音を出す。又た無量劫に於いて、此の塔を供養し、華、香、諸の瓔珞、天衣、衆の伎楽、 香油、酥燈を燃やして、周匝して常に照明す。悪世、法末の時に、能く是の経を持たん者は、則ち為れ已に上の如く、諸の供養を具足せるなり。若し能く此の経を持たば、則ち仏の現在せるが如し、 牛頭栴檀をもて、僧坊を起てて供養し、堂は三十二有り、高さ八多羅樹、上饌妙なる衣服、床臥皆な具足し、百千の衆の住処、園林、諸の浴池、 経行、及び禅窟、種種に皆な厳好なり。若し信解の心有りて、受持し読誦し書き、若しは復た人をして書かしめ、及び経巻を供養し、華、香、末香を散じ、須曼、薝蔔、 阿提目多伽を以て、薫油もて常に之を燃やさば、是くの如く供養する者は、無量の功徳を得ん。虚空の無辺なるが如く、其の福も亦た是くの如し。況んや復た此の経を持ち、兼ねて布施、持戒、 忍辱、禅定を楽い、瞋らず悪口せず、塔廟を恭敬し、諸の比丘に謙下せんをや。自ら高ぶる心を遠離し、常に智慧を思惟し、問難有るも瞋らず、隨順して為に解説せば、 若し能く是の行を行ぜば、功徳量るべからず。若し此の法師の、是くの如き徳を成就せるを見ば、応に天華を以て散じ、天衣もて其の身を覆い、頭面に足を接して礼し、心を生じて仏の想いの如くすべし。 又た応に是の念を作すべし、久しからずして道場に詣り、無漏無為を得て、広く諸の人天を利せんと。其の所住止の処、経行し若しは坐臥し、乃至、一偈を説かば、是の中に応に塔を起つべし、 荘厳して妙好ならしめ、種種に以て供養せよ。仏子の此の地に住するは、則ち是れ仏の受用したもうなり、常に其の中に在りて、経行し及び坐臥したもう。
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法華経・分別功德品第十七(7)「阿逸多、若し我が滅後に、是の経典を聞きて、能く受持すること有り、若しは自ら書き、若しは人をして書かしめば、則ち為れ僧坊を起立するなり。赤栴檀を以て、諸の殿堂三十有二を作り、高さ八多羅樹、高広厳好にして、百千の比丘、其の中に止まり、園林、浴池、経行、禅窟、衣服、飲食、床褥、湯薬、一切の楽具、其の中に充満せん。是くの如き僧坊、堂閣、若干百千万億、其の数無量なり。此を以て現前に、我、及び比丘僧に供養するなり。是の故に我れ説く、如来の滅後に、若し受持、読誦し、他人の為に説き、若しは自ら書き、若しは人をして書かしめ、経巻を供養すること有らば、復た塔寺を起て、及び僧坊を造り、衆僧を供養することを須いず。況んや復た人有りて能く是の経を持ち、兼ねて布施、持戒、忍辱、精進、一心、智慧を行ぜんをや。其の徳最も勝れ、無量無辺なり。譬えば虚空の、東西南北、四維、上下、無量無辺なるが如く、是の人の功徳も、亦復た是くの如く無量無辺にして、疾く一切種智に至らん。若し人、是の経を読誦し受持し、他人の為に説き、若しは自ら書き、若しは人をして書かしめ、復た能く塔を起て、及び僧坊を造り、声聞の衆僧を供養し讃歎し、亦た百千万億の讃歎の法を以て、菩薩の功徳を讃歎し、又た他人の為に、種種の因縁をもて、義に随いて此の法華経を解説し、復た能く清浄に戒を持ち、柔和なる者と共に同止し、忍辱にして瞋ること無く、志念堅固に、常に坐禅を貴び、諸の深定を得、精進勇猛にして、諸の善法を摂し、利根智慧にして、善く問難に答えん。」 「阿逸多、若し我が滅後に、諸の善男子、善女人、是の経典を受持し読誦せん者、復た是くの如き諸の善功徳有らば、当に知るべし、是の人は已に道場に趨き、阿耨多羅三藐三菩提に近づき、道樹の下に坐するなり。阿逸多、是の善男子、善女人、若しは坐し、若しは立ち、若しは経行せん処には、此の中に便ち応に塔を起つべし。一切の天人、皆な応に供養すること仏の塔の如くすべし。」
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法華経・分別功德品第十七(6)「又た、阿逸多、若し仏の寿命の長遠なるを聞きて、其の言趣を解せば、是の人の得る所の功徳、限量有ること無く、能く如来の無上の慧を起こさん。何に況んや広く是の経を聞き、若しは人をして聞かしめ、若しは自ら持ち、若しは人をして持たしめ、若しは自ら書き、若しは人をして書かしめ、若しは華、香、瓔珞、幢幡、繒蓋、香油、酥燈を以て、経巻を供養せんをや。是の人の功徳、無量無辺にして、能く一切種智を生ぜん。阿逸多、若し善男子、善女人、我が寿命の長遠なるを説くを聞き、深心に信解せば、則ち為れ仏の常に耆闍崛山に在りて、大菩薩、諸の声聞衆と共に、囲繞せられて法を説きたもうを見ん。又た此の娑婆世界の、其の地は瑠璃にして、坦然として平正なり、閻浮檀金もて以て八道を界い、宝樹行列し、諸の台楼観、皆な悉く宝もて成り、其の菩薩衆、咸な其の中に処するを見ん。若し能く是くの如く観ずる者有らば、当に知るべし、是れを深信解の相と為す。」 「又た復た如来の滅後に、若し是の経を聞きて、毀呰せずして、随喜の心を起こさば、当に知るべし、已に深信解の相と為す、何に況んや読誦し受持する者をや、斯の人は則ち為れ如来を頂戴するなり。阿逸多、是の善男子、善女人は、我が為に復た塔寺を起て、及び僧坊を作り、四事を以て衆僧を供養することを須いず。所以は何ん。是の善男子、善女人、是の経典を受持し読誦する者は、為に已に塔を起て、僧坊を造立し、衆僧を供養するなり。則ち為れ仏舎利を以て、七宝の塔を起て、高広漸く小にして、梵天に至り、諸の幡蓋、及び衆の宝鈴、華、香、瓔珞、末香、塗香、焼香、衆鼓、伎楽、簫、笛、箜篌、種種の舞戯、妙なる音声を以て、歌唄讃頌せば、則ち為れ無量千万億劫に於いて、是の供養を作し已れるなり。」
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法華経・法師品第十(4)「藥王よ、当に知るべし、如来の滅後に、其れ能く書き、持ち、読み、誦し、供養し、他人の為に説く者は、如来、則ち衣を以て之を覆い、又、他方の現在の諸仏の護念する所と為る。是の人は大信力、及び志願力、諸の善根力有り。当に知るべし、是の人は如来と共に宿し、則ち如来の手、其の頭を摩でらると為す。」 「藥王よ、在在処処に、若しは説き、若しは読み、若しは誦し、若しは書き、若しは経巻の住する処には、皆、応に七宝の塔を起つべし。極めて高広厳飾ならしめ、復た舎利を安んずることを須いず。所以は何ん。此の中には已に如来の全身有せばなり。此の塔は、応に一切の華・香・瓔珞、繒蓋・幢幡、伎楽・歌頌を以て、供養・恭敬、尊重・讃歎すべし。若し人有りて此の塔を見ることを得て、礼拝・供養せば、当に知るべし、是れ等は皆、阿耨多羅三藐三菩提に近し。」 「藥王よ、多く人有りて、在家・出家にして菩薩道を行ずるに、若し是の法華経を見・聞・読・誦・書・持・供養すること能わざる者は、当に知るべし、是の人は未だ善く菩薩道を行ぜず。若し是の経典を聞くことを得る者有らば、乃ち能く善く菩薩の道を行ず。其れ衆生の仏道を求むる者有りて、若しは見、若しは聞き、是の法華経を、聞き已って信解し受持せば、当に知るべし、是の人は、阿耨多羅三藐三菩提に近づくことを得。」