維摩経 / 法供養品第十三(3)
佛告天帝。過去無量阿僧祇劫時。世有佛號曰藥王如來應供正遍知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊。世界名大莊嚴。劫曰莊嚴。佛壽二十小劫。其聲聞僧三十六億那由他。菩薩僧有十二億。天帝。是時有轉輪聖王名曰寶蓋。七寶具足主四天下。王有千子。端正勇健能伏怨敵。爾時寶蓋與其眷屬供養藥王如來。施諸所安至滿五劫。過五劫已告其千子。汝等亦當如我以深心供養於佛。於是千子受父王命。供養藥王如來。復滿五劫一切施安。其王一子名曰月蓋。獨坐思惟。寧有供養殊過此者。以佛神力空中有天曰。善男子。法之供養勝諸供養。即問。何謂法之供養。天曰。汝可往問藥王如來。當廣為汝說法之供養。即時月蓋王子行詣藥王如來稽首佛足。却住一面白佛言。世尊。諸供養中法供養勝。云何為法供養。佛言。善男子。法供養者。諸佛所說深經。一切世間難信難受。微妙難見清淨無染。非但分別思惟之所能得。菩薩法藏所攝。
新字:仏告天帝。過去無量阿僧祇劫時。世有仏号曰薬王如来応供正遍知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師仏世尊。世界名大荘厳。劫曰荘厳。仏寿二十小劫。其声聞僧三十六億那由他。菩薩僧有十二億。天帝。是時有転輪聖王名曰宝蓋。七宝具足主四天下。王有千子。端正勇健能伏怨敵。爾時宝蓋与其眷属供養薬王如来。施諸所安至満五劫。過五劫已告其千子。汝等亦当如我以深心供養於仏。於是千子受父王命。供養薬王如来。復満五劫一切施安。其王一子名曰月蓋。独坐思惟。寧有供養殊過此者。以仏神力空中有天曰。善男子。法之供養勝諸供養。即問。何謂法之供養。天曰。汝可往問薬王如来。当広為汝説法之供養。即時月蓋王子行詣薬王如来稽首仏足。却住一面白仏言。世尊。諸供養中法供養勝。云何為法供養。仏言。善男子。法供養者。諸仏所説深経。一切世間難信難受。微妙難見清浄無染。非但分別思惟之所能得。菩薩法蔵所摂。
書き下し
仏、天帝に告げたまわく、過去無量阿僧祇劫の時、世に仏有り、号して薬王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と曰う。世界を大荘厳と名づけ、劫を荘厳と曰う。仏の寿は二十小劫、其の声聞僧は三十六億那由他、菩薩僧は十二億有り。天帝、是の時、転輪聖王有り、名を宝蓋と曰う。七宝具足して四天下を主る。王に千子有り、端正勇健にして能く怨敵を伏す。爾の時、宝蓋、其の眷属と薬王如来を供養し、諸の安んずる所を施すこと五劫を満たす。五劫を過ぎ已りて、其の千子に告ぐ、汝等も亦当に我が如く深心を以て仏を供養すべし。是に於いて千子、父王の命を受けて、薬王如来を供養すること、復た五劫を満たし、一切安んずるを施す。其の王の一子、名を月蓋と曰う。独り坐して思惟す、寧ろ供養の此に殊過する者有らんやと。仏の神力を以て、空中に天有りて曰く、善男子、法の供養は諸の供養に勝れり。即ち問う、何をか法の供養と謂う。天の曰く、汝、往きて薬王如来に問うべし、当に広く汝が為に法の供養を説くべし。即時に月蓋王子、薬王如来に行詣し、仏足に稽首し、却きて一面に住し、仏に白して言わく、世尊、諸の供養の中に法供養は勝れり。云何が法供養と為す。仏の言わく、善男子、法供養とは、諸仏の説く所の深経、一切世間の信じ難く受け難く、微妙にして見難く、清浄にして染無く、但だ分別思惟の得る所に非ず、菩薩の法蔵に摂せらるる所なり。
現代語訳
仏は天帝に告げました。「遠い過去の無量阿僧祇劫のとき、世に仏がおられた。号を薬王如来といい、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と称した。世界の名は大荘厳、劫の名は荘厳であった。その仏の寿命は二十小劫で、声聞の僧は三十六億那由他、菩薩の僧は十二億であった。天帝よ、そのとき、宝蓋という名の転輪聖王がいた。七つの宝を備え、四天下を治めていた。王には千人の子があり、端正で勇ましく、敵を従えることができた。そのとき、宝蓋は眷属とともに薬王如来を供養し、安らぎとなるものを五劫の間施した。五劫が過ぎると千人の子に告げた。あなたたちも私のように深い心で仏を供養しなさい。そこで千人の子は父王の命を受け、薬王如来をさらに五劫のあいだ供養し、すべての安らぎとなるものを施した。王の子の一人に、月蓋という名の者がいた。彼は一人座って考えた。これを超える供養があるだろうか、と。仏の神力により、空中に天人が現れて言った。善き人よ、法の供養は諸々の供養にまさる。すぐに月蓋は尋ねた。法の供養とは何ですか。天人は言った。あなたは薬王如来のもとへ行って尋ねなさい。広くあなたのために法の供養を説いてくださる。すぐに月蓋王子は薬王如来のもとへ行き、足に礼をして、退いて一方に立ち、仏に申し上げた。世尊、諸々の供養の中で法の供養がまさっています。法の供養とはどのようなものですか。仏は言った。善き人よ、法の供養とは、諸仏の説かれる深い経典で、世のあらゆる人が信じがたく、受けがたく、微妙で見がたく、清らかで染まらず、ただ分別や思考だけでは得られないもの、菩薩の法の蔵に収められているものである。
解説

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維摩経・法供養品第十三(5)仏、天帝に告げたまわく、王子月蓋、薬王仏より是くの如き法を聞きて柔順忍を得たり。即ち宝衣・厳身の具を解きて以て仏に供養し、仏に白して言わく、世尊、如来の滅後に、我れ当に法の供養を行じ、正法を守護すべし。願わくは威神を以て加哀し建立したまえ。我をして魔怨を降し、菩薩の行を修することを得しめたまえ。仏、其の深心の念う所を知りて、之に記して曰く、汝、末後に於いて法城を守護せん。天帝、時に王子月蓋、法の清浄なるを見、仏の授記を聞きて、信を以て出家し、善法を修集して精進し、久しからずして五神通を得、菩薩の道に逮び、陀羅尼・無断の弁才を得たり。仏の滅後に、其の得る所の神通・総持・弁才の力を以て、十小劫を満たし、薬王如来の転ずる所の法輪、随いて分布す。月蓋比丘、法を守護するを以て勤行精進し、即ち此の身に於いて百万億の人を化して、阿耨多羅三藐三菩提に於いて不退転に立たしむ。十四那由他の人、深く声聞・辟支仏の心を発す。無量の衆生、天上に生ずることを得たり。天帝、時の王宝蓋は、豈に異人ならんや。今現に仏と成るを得て、号を宝炎如来と曰う。其の王の千子は、即ち賢劫の中の千仏是れなり。迦羅鳩孫駄より始めと為して仏を得、最後の如来は号を楼至と曰う。月蓋比丘は即ち我が身是れなり。是くの如し、天帝。当に此の要を知るべし。法を以て供養すること、諸供養に於いて上と為し、最第一にして無比なり。是の故に天帝、当に法の供養を以て仏を供養すべし。
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維摩経・法供養品第十三(2)是の故に天帝、若し善男子・善女人、是の経を受持し読誦し供養せば、即ち去来今の仏を供養すと為す。天帝、正使い三千大千世界に如来満てる中、譬えば甘蔗・竹・葦・稲・麻・叢林の如くならんに、若し善男子・善女人有りて、或いは一劫、或いは一劫に減じて、恭敬し尊重し讃歎し供養し、諸の安んずる所を奉じ、諸仏の滅後に至りて、一一の全身舎利を以て七宝の塔を起て、縦広は一四天下、高さは梵天に至り、表刹は荘厳し、一切の華香・瓔珞・幢幡・伎楽の微妙第一なるを以て、若しくは一劫、若しくは一劫に減じて之を供養せんに、天帝の意に於いて云何。其の人、福を植うること寧ろ多しと為すや不や。釈提桓因言わく、多し、世尊。彼の福徳は、若し百千億劫を以て説くも尽くす能わず。仏、天帝に告げたまわく、当に知るべし、是の善男子・善女人、是の不可思議解脱の経典を聞き、信解し受持し読誦し修行せば、福は彼よりも多し。所以は何ん。諸仏の菩提は皆是れより生ず。菩提の相は限量すべからず。是の因縁を以て福は量るべからず。
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法華経・藥王菩薩本事品第二十三(3)この供養を作し已りて、三昧より起ちて、自ら念じて言わく、『我、神力を以て仏に供養すと雖も、身を以て供養するに如かず。』即ち諸の香、栴檀・薫陸・兜楼婆・畢力迦・沈水・膠香を服し、又瞻蔔等の諸華の香油を飲むこと、千二百歳を満たし已りて、香油を身に塗り、日月浄明徳仏の前において、天の宝衣を以て自ら身に纏い、諸の香油を灌ぎ、神通力の願を以て、自ら身を燃やしたり。光明は八十億恒河沙の世界を遍く照らす。その中の諸仏、同時に讃えて言わく、『善きかな、善きかな、善男子よ。これ真の精進なり。これを真の法供養如来と名づく。もし華・香・瓔珞・焼香・末香・塗香・天の繒・幡蓋、及び海此岸の栴檀の香、かくの如き等の種種の諸物を以て供養するも、及ぶこと能わざる所なり。仮使い国城・妻子を布施するも、亦及ばざる所なり。善男子よ、これを第一の施と名づく。諸の施の中において、最尊最上なり。法を以て諸の如来を供養するが故なり。』この語を作し已りて、各黙然せり。その身の火は燃えること千二百歳、この後を過ぎて、その身乃ち尽きたり。一切衆生喜見菩薩、かくの如き法供養を作し已りて、命終の後、復日月浄明徳仏の国中に生まれ、浄徳王の家において、結跏趺坐して、忽然として化生せり。即ち其の父のために偈を説いて言わく、 大王よ今当に知るべし、我、かの処を経行して、即時に一切の、現諸身三昧を得たり。勤めて大精進を行じ、愛する所の身を捨てて、世尊に供養せり、無上慧を求めんが為なり。
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維摩経・佛國品第一(3)爾の時、毘耶離城に長者の子有り、名を宝積と曰う。五百の長者の子と俱に、七宝の蓋を持ちて仏の所に来詣し、頭面に足を礼す。各おの其の蓋を以て共に仏に供養す。仏の威神、諸の宝蓋をして合して一蓋と成らしめ、遍く三千大千世界を覆う。而して此の世界の広長の相、悉く中に現ず。又た此の三千大千世界の、諸の須弥山・雪山、目真隣陀山・摩訶目真隣陀山、香山・宝山・金山・黒山、鉄囲山・大鉄囲山、大海・江河・川流・泉源、及び日月星辰、天宮・竜宮、諸尊神の宮、悉く宝蓋の中に現ず。又た十方の諸仏、諸仏の説法も亦た宝蓋の中に現ず。爾の時、一切の大衆、仏の神力を覩て未曾有なりと歎じ、合掌して仏を礼し、尊顔を瞻仰して目暫くも捨てず。是に於て長者の子宝積、即ち仏前に於て偈頌を以て曰く。
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維摩経・法供養品第十三(4)陀羅尼印もて之に印し、不退転に至り、六度を成就し、善く義を分別して菩提の法に順ず。衆経の上にして大慈悲に入り、衆魔の事及び諸の邪見を離れ、因縁の法に順ず。無我・無人・無衆生・無寿命、空・無相・無作・無起にして、能く衆生をして道場に坐して法輪を転ぜしむ。諸の天龍神・乾闥婆等の共に歎誉する所なり。能く衆生をして仏の法蔵に入り、諸の賢聖の一切の智慧を摂せしむ。衆菩薩の所行の道を説き、諸法実相の義に依り、無常・苦・空・無我・寂滅の法を明宣す。能く一切の毀禁の衆生を救い、諸魔・外道及び貪著する者をば能く怖畏せしむ。諸仏・賢聖の共に称歎する所なり。生死の苦に背き、涅槃の楽を示す。十方三世の諸仏の説く所なり。若し是くの如き等の経を聞き、信解し受持し読誦し、方便力を以て諸の衆生の為に分別し解説し、顕示して分明にし、法を守護するが故に、是を法の供養と名づく。又、諸法に於いて説の如く修行し、十二因縁に随順し、諸の邪見を離れて無生忍を得、決定して無我、有衆生無くして、而も因縁・果報に於いて違うこと無く諍うこと無く、諸の我所を離る。義に依りて語に依らず、智に依りて識に依らず、了義経に依りて不了義経に依らず、法に依りて人に依らず。法相に随順して、入る所無く帰する所無し。無明畢竟滅するが故に、諸行も亦畢竟滅す。乃至、生畢竟滅するが故に、老死も亦畢竟滅す。是くの如き観を作せば、十二因縁に尽相無く、復た見を起こさず。是を最上の法の供養と名づく。
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維摩経・法供養品第十三(1)爾の時、釈提桓因、大衆の中に於いて仏に白して言わく、世尊、我、仏及び文殊師利に従いて百千の経を聞くと雖も、未だ此の不可思議自在神通決定実相の経典を聞かず。我が仏の説きたまう所の義趣を解するが如きは、若し衆生有りて是の経法を聞き、信解し受持し読誦せば、必ず是の法を得て疑わず。何ぞ況んや説の如く修行せんをや。斯の人は即ち衆の悪趣を閉じ、諸の善門を開き、常に諸仏の護念する所と為り、外学を降伏し魔怨を摧滅し、菩提を修治して道場に安処し、如来の行じたまう所の跡を履践す。世尊、若し受持し読誦し、説の如く修行する者有らば、我、当に諸の眷属と供養し給事すべし。所在の聚落・城邑・山林・曠野に是の経有る処には、我も亦諸の眷属と、法を聴受せんが故に共に其の所に到り、其の未だ信ぜざる者をば当に信を生ぜしめ、其の已に信ずる者をば当に為に護と作すべし。仏の言わく、善きかな善きかな、天帝。汝が説く所の如し。吾れ爾の喜びを助く。此の経は広く過去・未来・現在の諸仏の不可思議阿耨多羅三藐三菩提を説く。