維摩経 / 香積佛品第十(4)
彼諸菩薩問維摩詰。今世尊釋迦牟尼以何說法。維摩詰言。此土眾生剛強難化故。佛為說剛強之語以調伏之。言是地獄是畜生是餓鬼。是諸難處。是愚人生處。是身邪行是身邪行報。是口邪行是口邪行報。是意邪行是意邪行報。是殺生是殺生報。是不與取是不與取報。是邪婬是邪婬報。是妄語是妄語報。是兩舌是兩舌報。是惡口是惡口報。是無義語是無義語報。是貪嫉是貪嫉報。是瞋惱是瞋惱報。是邪見是邪見報。是慳悋是慳悋報。是毀戒是毀戒報。是瞋恚是瞋恚報。是懈怠是懈怠報。是亂意是亂意報。是愚癡是愚癡報。是結戒是持戒是犯戒。是應作是不應作。是障礙是不障礙。是得罪是離罪。是淨是垢。是有漏是無漏。是邪道是正道。是有為是無為。是世間是涅槃。以難化之人心如猨猴故。以若干種法制御其心乃可調伏。譬如象馬𢤱悷不調加諸楚毒乃至徹骨然後調伏。如是剛強難化眾生故。以一切苦切之言乃可入律。
新字:彼諸菩薩問維摩詰。今世尊釈迦牟尼以何説法。維摩詰言。此土衆生剛強難化故。仏為説剛強之語以調伏之。言是地獄是畜生是餓鬼。是諸難処。是愚人生処。是身邪行是身邪行報。是口邪行是口邪行報。是意邪行是意邪行報。是殺生是殺生報。是不与取是不与取報。是邪婬是邪婬報。是妄語是妄語報。是両舌是両舌報。是悪口是悪口報。是無義語是無義語報。是貪嫉是貪嫉報。是瞋悩是瞋悩報。是邪見是邪見報。是慳悋是慳悋報。是毀戒是毀戒報。是瞋恚是瞋恚報。是懈怠是懈怠報。是乱意是乱意報。是愚痴是愚痴報。是結戒是持戒是犯戒。是応作是不応作。是障礙是不障礙。是得罪是離罪。是浄是垢。是有漏是無漏。是邪道是正道。是有為是無為。是世間是涅槃。以難化之人心如猨猴故。以若干種法制御其心乃可調伏。譬如象馬𢤱悷不調加諸楚毒乃至徹骨然後調伏。如是剛強難化衆生故。以一切苦切之言乃可入律。
書き下し
彼の諸の菩薩、維摩詰に問う、今世尊釈迦牟尼は何を以て法を説くや、と。維摩詰の言わく、此の土の衆生は剛強にして化し難きが故に、仏は為に剛強の語を説きて以て之を調伏す。言わく、是れ地獄、是れ畜生、是れ餓鬼、是れ諸の難処、是れ愚人の生まるる処。是れ身の邪行、是れ身の邪行の報。是れ口の邪行、是れ口の邪行の報。是れ意の邪行、是れ意の邪行の報。是れ殺生、是れ殺生の報。是れ不与取、是れ不与取の報。是れ邪婬、是れ邪婬の報。是れ妄語、是れ妄語の報。是れ両舌、是れ両舌の報。是れ悪口、是れ悪口の報。是れ無義語、是れ無義語の報。是れ貪嫉、是れ貪嫉の報。是れ瞋悩、是れ瞋悩の報。是れ邪見、是れ邪見の報。是れ慳悋、是れ慳悋の報。是れ毀戒、是れ毀戒の報。是れ瞋恚、是れ瞋恚の報。是れ懈怠、是れ懈怠の報。是れ乱意、是れ乱意の報。是れ愚癡、是れ愚癡の報。是れ結戒、是れ持戒、是れ犯戒。是れ応作、是れ不応作。是れ障礙、是れ不障礙。是れ得罪、是れ離罪。是れ浄、是れ垢。是れ有漏、是れ無漏。是れ邪道、是れ正道。是れ有為、是れ無為。是れ世間、是れ涅槃。難化の人は心猨猴の如きを以ての故に、若干種の法を以て其の心を制御して、乃ち調伏すべし。譬えば象馬の𢤱悷にして調わざるに、諸の楚毒を加え、乃至骨に徹して然る後に調伏するが如し。是くの如く剛強にして化し難き衆生の故に、一切の苦切の言を以て、乃ち律に入るべし。
現代語訳
あの菩薩たちが維摩詰に尋ねました。今の世尊釈迦牟尼は、どのようにして法を説いておられますか。維摩詰は答えました。この土の衆生は頑なで教化しにくいので、仏は彼らのために、厳しい言葉を説いて心を整えます。これは地獄、これは畜生、これは餓鬼、これはさまざまな苦難の場所、これは愚かな人が生まれる所。これは身の邪な行い、これは身の邪な行いの報い。これは口の邪な行い、これは口の邪な行いの報い。これは意の邪な行い、これは意の邪な行いの報い。これは殺生、これは殺生の報い。これは与えられないものを取ること、これはその報い。これは邪淫、これはその報い。これは妄語、これはその報い。これは二枚舌、これはその報い。これは悪口、これはその報い。これは無意味な言葉、これはその報い。これは貪りと嫉み、これはその報い。これは怒りと悩ませること、これはその報い。これは邪な見解、これはその報い。これは物惜しみ、これはその報い。これは戒を破ること、これはその報い。これは怒り、これはその報い。これは怠け、これはその報い。これは心の乱れ、これはその報い。これは愚かさ、これはその報い。これは戒を結ぶこと、戒を守ること、戒を犯すこと。これはなすべきこと、これはなすべきでないこと。これは障り、これは障りでないこと。これは罪を得ること、これは罪を離れること。これは清浄、これは垢。これは煩悩の漏れるもの、これは漏れないもの。これは邪道、これは正道。これは有為、これは無為。これは世間、これは涅槃。教化しにくい人は心が猿のようなので、さまざまな教えで心を制御して、はじめて調えることができます。たとえば、象や馬が荒々しく従わないとき、いろいろな苦痛を与え、骨にまで通るほどにして、そののちに調伏するようなものです。同じように、頑なで教化しにくい衆生のために、あらゆる厳しい言葉で、はじめて戒律に入らせることができるのです。
解説

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