維摩経 / 佛道品第八(4)
世間眾道法悉於中出家 因以解人惑而不墮邪見 或作日月天梵王世界主 或時作地水或復作風火 劫中有疾疫現作諸藥草 若有服之者除病消眾毒 劫中有飢饉現身作飲食 先救彼飢渴却以法語人 劫中有刀兵為之起慈心 化彼諸眾生令住無諍地 若有大戰陣立之以等力 菩薩現威勢降伏使和安 一切國土中諸有地獄處 輒往到于彼勉濟其苦惱 一切國土中畜生相食噉 皆現生於彼為之作利益 示受於五欲亦復現行禪 令魔心憒亂不能得其便 火中生蓮華是可謂希有 在欲而行禪希有亦如是 或現作婬女引諸好色者 先以欲鉤牽後令入佛道 或為邑中主或作商人導 國師及大臣以祐利眾生 諸有貧窮者現作無盡藏 因以勸導之令發菩提心 我心憍慢者為現大力士 消伏諸貢高令住無上道 其有恐懼眾居前而慰安 先施以無畏後令發道心 或現離婬欲為五通仙人 開導諸群生令住戒忍慈 見須供事者現為作僮僕 既悅可其意乃發以道心 隨彼之所須得入於佛道 以善方便力皆能給足之 如是道無量所行無有涯 智慧無邊際度脫無數眾 假令一切佛於無量億劫 讚歎其功德猶尚不能盡 誰聞如是法不發菩提心 除彼不肖人癡冥無智者
新字:世間衆道法悉於中出家 因以解人惑而不堕邪見 或作日月天梵王世界主 或時作地水或復作風火 劫中有疾疫現作諸薬草 若有服之者除病消衆毒 劫中有飢饉現身作飲食 先救彼飢渇却以法語人 劫中有刀兵為之起慈心 化彼諸衆生令住無諍地 若有大戦陣立之以等力 菩薩現威勢降伏使和安 一切国土中諸有地獄処 輒往到于彼勉済其苦悩 一切国土中畜生相食噉 皆現生於彼為之作利益 示受於五欲亦復現行禅 令魔心憒乱不能得其便 火中生蓮華是可謂希有 在欲而行禅希有亦如是 或現作婬女引諸好色者 先以欲鉤牽後令入仏道 或為邑中主或作商人導 国師及大臣以祐利衆生 諸有貧窮者現作無尽蔵 因以勧導之令発菩提心 我心憍慢者為現大力士 消伏諸貢高令住無上道 其有恐懼衆居前而慰安 先施以無畏後令発道心 或現離婬欲為五通仙人 開導諸群生令住戒忍慈 見須供事者現為作僮僕 既悦可其意乃発以道心 随彼之所須得入於仏道 以善方便力皆能給足之 如是道無量所行無有涯 智慧無辺際度脱無数衆 仮令一切仏於無量億劫 讃嘆其功徳猶尚不能尽 誰聞如是法不発菩提心 除彼不肖人痴冥無智者
書き下し
世間の衆の道法、悉く中に於いて出家す。 因りて以て人の惑いを解き、而も邪見に墮ちず。 或いは日月天、梵王、世界の主と作り、 或る時は地水と作り、或いは復た風火と作る。 劫中に疾疫有れば、現じて諸の薬草と作る。 若し之を服する者有らば、病を除き衆毒を消す。 劫中に飢饉有れば、身を現じて飲食と作る。 先ず彼の飢渇を救い、却って法を以て人に語る。 劫中に刀兵有れば、之が為に慈心を起こし、 彼の諸の衆生を化して、無諍の地に住せしむ。 若し大戦陣有らば、之に立つに等力を以てす。 菩薩威勢を現じ、降伏して和安ならしむ。 一切の国土の中の、諸有る地獄の処に、 輒ち往きて彼に到り、其の苦悩を勉済す。 一切の国土の中に、畜生の相食噉するには、 皆現じて彼に生まれ、之が為に利益を作す。 五欲を受くるを示し、亦復た禅を行ずるを現ず。 魔の心をして憒乱せしめ、其の便を得ること能わざらしむ。 火中に蓮華を生ず、是れ希有と謂うべし。 欲に在りて禅を行ずること、希有なること亦た是くの如し。 或いは婬女と作りて、諸の好色の者を引く。 先ず欲の鉤を以て牽き、後に仏道に入らしむ。 或いは邑中の主と為り、或いは商人の導と作る。 国師及び大臣となり、以て衆生を祐利す。 諸有る貧窮の者には、現じて無尽蔵と作る。 因りて以て之を勧導し、菩提心を発さしむ。 我が心憍慢の者には、為に大力士と現じ、 諸の貢高を消伏して、無上道に住せしむ。 其れ恐懼の衆有れば、前に居りて慰安し、 先ず施すに無畏を以てし、後に道心を発さしむ。 或いは婬欲を離るるを現じ、五通の仙人と為り、 諸の群生を開導して、戒・忍・慈に住せしむ。 供事を須うる者を見ては、現じて僮僕と作る。 既に其の意を悦可して、乃ち発すに道心を以てす。 彼の須うる所に随いて、仏道に入ることを得しむ。 善き方便の力を以て、皆能く之を給足す。 是くの如く道は無量にして、行ずる所に涯有ること無し。 智慧は辺際無く、無数の衆を度脱す。 仮令い一切の仏、無量億劫に於いて、 其の功徳を讃歎するも、猶お尚お尽くすこと能わず。 誰か是くの如き法を聞きて、菩提心を発さざらん。 彼の不肖の人、癡冥にして智無き者を除く。
現代語訳
世間のさまざまな道の教えも、すべてこの中に出家して入っています。 そうして人々の惑いを解き、しかも邪な見解に落ちません。 あるいは日や月の天、梵天王、世界の主となり、 あるときは地や水となり、また風や火となります。 世の終わりの時期に疫病が広がれば、さまざまな薬草となって現れます。 これを服する者は、病が除かれ、多くの毒が消えます。 飢饉が起これば、身を現して飲み物や食べ物となります。 まず人々の飢えや渇きを救い、そのうえで法を語ります。 戦乱が起これば、人々のために慈しみの心を起こし、 その衆生を教化して、争いのない境地に住まわせます。 もし大きな戦陣があれば、双方に等しい力を与えて立たせ、 菩薩は威勢を現して、降伏させて和らぎ安らかにします。 あらゆる国土の地獄のあるところには、 ただちに行ってそこに至り、その苦しみから救い出します。 あらゆる国土で畜生が互いに食い合うときには、 みな現れてそこに生まれ、彼らのために利益をなします。 五欲を受けてみせ、またその一方で禅定を行うさまも現します。 魔の心を乱れさせ、つけ入る隙を与えません。 火の中に蓮の花が生じるのは、希有というべきです。 欲の中にいて禅を行うのも、同じように希有です。 あるいは遊女となって、多くの色を好む者を引き寄せます。 まず欲の鉤で引き寄せ、のちに仏道に入らせます。 あるいは村の長となり、商人の隊の導き手となり、 国師や大臣となって、衆生を助け利益します。 貧しい人々には、尽きることのない蔵となって現れ、 それによって導き励まし、菩提心を起こさせます。 おごり高ぶる心の者には、大力士として現れ、 慢心をくじき静めて、無上の道に住まわせます。 恐れおののく人々には、その前に立って慰め安んじ、 まず畏れのない心を施し、そののちに道を求める心を起こさせます。 あるいは淫欲を離れた五神通の仙人となって現れ、 多くの人々を導いて、戒と忍耐と慈しみに住まわせます。 仕える者を必要とする人には、召使いとなって現れ、 その心を喜ばせてから、道を求める心を起こさせます。 人々が必要とするところに従って、仏道に入れるようにします。 巧みな方便の力で、すべてに満ち足りるよう与えることができます。 このように、道は限りなく、行う所に果てがありません。 智慧には際限がなく、数えきれない衆生を救います。 たとえすべての仏が、無量億劫のあいだ、 その功徳を讃えても、なお尽くすことはできません。 このような法を聞いて、菩提心を起こさない者がいるでしょうか。 ただし、あの愚かで暗く、智慧のない不肖の人を除きます。
解説

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維摩経・佛道品第八(3)爾の時、会中に菩薩有り、普現色身と名づく。維摩詰に問うて言わく、居士よ、父母・妻子・親戚・眷属・吏民・知識は悉く是れ誰と為す。奴婢・僮僕・象馬・車乗は皆何れの所に在りや。是に於いて維摩詰、偈を以て答えて曰わく。 智度は菩薩の母、方便を以て父と為す。 一切衆の導師、是れに由りて生ぜざる無し。 法喜を以て妻と為し、慈悲の心を女と為す。 善心誠実は男、畢竟空寂は舎なり。 弟子衆は塵労、意の所に随いて転ず。 道品の善知識、是れに由りて正覚を成ず。 諸度の法は等侶、四摂は伎女と為す。 歌詠して法言を誦し、此れを以て音楽と為す。 総持は園苑、無漏の法は林樹。 覚意の浄妙の華、解脱智慧の果。 八解の浴池、定水湛然として満つ。 布くに七浄の華を以てし、此の無垢の人を浴す。 象馬は五通、大乗を馳せて以て車と為す。 調御するに一心を以てし、八正路に遊ぶ。 相具わりて以て容を厳り、衆好其の姿を飾る。 慚愧の上服、深心を華鬘と為す。 富むこと七財の宝有り、教授して以て滋息す。 説く所の如く修行し、迴向して大利と為す。 四禅を床座と為し、浄命より生ず。 多聞智慧を増し、以て自覚の音と為す。 甘露の法の食、解脱の味は漿なり。 浄心以て澡浴し、戒品は塗香なり。 煩悩の賊を摧滅し、勇健にして能く踰ゆる無し。 四種の魔を降伏し、勝幡を道場に建つ。 起滅無きを知ると雖も、彼に示すが故に生有り。 悉く諸の国土に現ずること、日の見えざる無きが如し。 十方無量億の如来を供養するも、 諸仏及び己が身に分別の想無し。 諸仏の国と及び衆生とは空なりと知ると雖も、 而も常に浄土を修して群生を教化す。 諸有の衆生の類の形・声及び威儀を、 無畏力の菩薩は一時に能く尽く現ず。 衆魔の事を覚知して、示して其の行に随う。 善き方便の智を以て、意に随いて皆能く現ず。 或いは老病死を示して、諸の群生を成就す。 幻化の如しと了知して、通達して礙げ有ること無し。 或いは劫尽きて天地を焼き、皆洞然たるを現ず。 衆人の常想有るに、照らして無常を知らしむ。 無数億の衆生、倶に来りて菩薩を請ず。 一時に其の舎に到り、化して仏道に向かわしむ。 経書・禁呪の術、工巧・諸の伎芸、 尽く現じて此の事を行じ、諸の群生を饒益す。
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法華経・序品第一(5)欄楯・華蓋・軒飾をもって布施す。復た菩薩の、身肉・手足、及び妻子を施して、無上道を求むるを見る。又た菩薩の、頭目・身体を、 欣楽して施与し、仏の智慧を求むるを見る。文殊師利、我れ諸王の、仏所に往詣して、無上道を問い、便ち楽土、宮殿・臣妾を捨て、 鬚髪を剃除して、法服を被るを見る。或いは菩薩の、比丘と作りて、独り閑静に処し、楽しんで経典を誦するを見る。又た菩薩の、勇猛精進して、 深山に入り、仏道を思惟するを見る。又た欲を離れ、常に空閑に処して、深く禅定を修し、五神通を得るを見る。又た菩薩の、安禅合掌して、 千万の偈をもって、諸の法王を讃うるを見る。復た菩薩の、智深く志固くして、能く諸仏に問い、聞きて悉く受持するを見る。又た仏子の、定慧具足して、 無量の喩をもって、衆の為に法を講じ、欣楽して法を説き、諸の菩薩を化し、魔の兵衆を破りて、法鼓を撃つを見る。又た菩薩の、寂然として宴默し、 天龍恭敬すれども、以て喜びと為さざるを見る。又た菩薩の、林に処して光を放ち、地獄の苦を済い、仏道に入らしむるを見る。又た仏子の、未だ嘗て睡眠せず、 林中に経行して、勤めて仏道を求むるを見る。又た戒を具して、威儀欠くること無く、浄きこと宝珠の如くにして、以て仏道を求むるを見る。又た仏子の、忍辱の力に住し、 増上慢の人の、悪み罵り捶ち打つも、皆な悉く能く忍びて、以て仏道を求むるを見る。又た菩薩の、諸の戯笑、及び癡の眷属を離れ、智者に親近し、 一心に乱を除き、念を山林に摂めて、億千万歳、以て仏道を求むるを見る。或いは菩薩の、肴膳・飲食、百種の湯薬を、仏及び僧に施すを見る。
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維摩経・菩薩行品第十一(4)爾の時、衆香世界の菩薩の来たれる者、合掌して仏に白して言わく、世尊、我等、初め此の土を見て下劣の想を生ぜり。今、自ら悔責して是の心を捨離す。所以は何ん。諸仏の方便は不可思議なり。衆生を度せんが為の故に、其の応ずる所に随いて、仏国の異なるを現ずればなり。唯だ願わくは世尊、少しく法を賜い、彼の土に還りて当に如来を念ずべし。仏、諸の菩薩に告げたまわく、有尽無尽の解脱の法門有り、汝等、当に学ぶべし。何をか尽と謂う。有為の法を謂う。何をか無尽と謂う。無為の法を謂う。菩薩の如きは、有為を尽くさず、無為に住せず。何をか有為を尽くさずと謂う。大慈を離れず、大悲を捨てず、深く一切智の心を発して忽忘せず、衆生を教化して終に厭倦せず、四摂法に於いて常に念じて順行し、正法を護持して軀命を惜しまず、諸の善根を種えて疲厭有ること無く、志常に方便・廻向に安住し、法を求めて懈らず、法を説きて悋まず、勤めて諸仏を供養するが故に生死に入りて畏るる所無く、諸の栄辱に於いて心に憂喜無く、未学を軽んぜず、学を敬うこと仏の如くし、煩悩に堕ちたる者をして正念を発さしめ、遠離の楽に於いて以て貴しと為さず、己が楽に著せず、彼の楽を慶び、諸の禅定に在りては地獄の想の如くし、生死の中に於いては園観の想の如くし、来たり求むる者を見ては善師の想を為し、諸の所有を捨てては一切智の想を具し、毀戒の人を見ては救護の想を起こし、諸の波羅蜜をば父母の想と為し、道品の法をば眷属の想と為し、善根を発行して斉限有ること無く、諸の浄国の厳飾の事を以て己が仏土を成じ、無限の施を行じて相好を具足し、一切の悪を除きて身口意を浄め、生死の無数劫にも意に勇有り、仏の無量の徳を聞きて志倦まず、智慧の剣を以て煩悩の賊を破り、陰・界・入を出で、衆生を荷負して永く解脱せしめ、大精進を以て魔軍を摧伏し、常に無念実相の智慧の行を求め、世間の法に於いては少欲知足、出世間の法に於いては之を求めて厭くこと無し。而も世間の法を捨てず、威儀の法を壊らずして、而も能く俗に随う。神通慧を起こして衆生を引導し、念総持を得て聞く所忘れず。
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