維摩経 / 佛道品第八(3)
爾時會中有菩薩名普現色身。問維摩詰言。居士。父母妻子親戚眷屬吏民知識悉為是誰。奴婢僮僕象馬車乘皆何所在。於是維摩詰以偈答曰。 智度菩薩母方便以為父 一切眾導師無不由是生 法喜以為妻慈悲心為女 善心誠實男畢竟空寂舍 弟子眾塵勞隨意之所轉 道品善知識由是成正覺 諸度法等侶四攝為伎女 歌詠誦法言以此為音樂 總持之園苑無漏法林樹 覺意淨妙華解脫智慧果 八解之浴池定水湛然滿 布以七淨華浴此無垢人 象馬五通馳大乘以為車 調御以一心遊於八正路 相具以嚴容眾好飾其姿 慚愧之上服深心為華鬘 富有七財寶教授以滋息 如所說修行迴向為大利 四禪為床座從於淨命生 多聞增智慧以為自覺音 甘露法之食解脫味為漿 淨心以澡浴戒品為塗香 摧滅煩惱賊勇健無能踰 降伏四種魔勝幡建道場 雖知無起滅示彼故有生 悉現諸國土如日無不見 供養於十方無量億如來 諸佛及己身無有分別想 雖知諸佛國及與眾生空 而常修淨土教化於群生 諸有眾生類形聲及威儀 無畏力菩薩一時能盡現 覺知眾魔事而示隨其行 以善方便智隨意皆能現 或示老病死成就諸群生 了知如幻化通達無有礙 或現劫盡燒天地皆洞然 眾人有常想照令知無常 無數億眾生俱來請菩薩 一時到其舍化令向佛道 經書禁呪術工巧諸伎藝 盡現行此事饒益諸群生
新字:爾時会中有菩薩名普現色身。問維摩詰言。居士。父母妻子親戚眷属吏民知識悉為是誰。奴婢僮僕象馬車乗皆何所在。於是維摩詰以偈答曰。 智度菩薩母方便以為父 一切衆導師無不由是生 法喜以為妻慈悲心為女 善心誠実男畢竟空寂舎 弟子衆塵労随意之所転 道品善知識由是成正覚 諸度法等侶四摂為伎女 歌詠誦法言以此為音楽 総持之園苑無漏法林樹 覚意浄妙華解脱智慧果 八解之浴池定水湛然満 布以七浄華浴此無垢人 象馬五通馳大乗以為車 調御以一心遊於八正路 相具以厳容衆好飾其姿 慚愧之上服深心為華鬘 富有七財宝教授以滋息 如所説修行迴向為大利 四禅為床座従於浄命生 多聞增智慧以為自覚音 甘露法之食解脱味為漿 浄心以澡浴戒品為塗香 摧滅煩悩賊勇健無能踰 降伏四種魔勝幡建道場 雖知無起滅示彼故有生 悉現諸国土如日無不見 供養於十方無量億如来 諸仏及己身無有分別想 雖知諸仏国及与衆生空 而常修浄土教化於群生 諸有衆生類形声及威儀 無畏力菩薩一時能尽現 覚知衆魔事而示随其行 以善方便智随意皆能現 或示老病死成就諸群生 了知如幻化通達無有礙 或現劫尽焼天地皆洞然 衆人有常想照令知無常 無数億衆生倶来請菩薩 一時到其舎化令向仏道 経書禁呪術工巧諸伎芸 尽現行此事饒益諸群生
書き下し
爾の時、会中に菩薩有り、普現色身と名づく。維摩詰に問うて言わく、居士よ、父母・妻子・親戚・眷属・吏民・知識は悉く是れ誰と為す。奴婢・僮僕・象馬・車乗は皆何れの所に在りや。是に於いて維摩詰、偈を以て答えて曰わく。 智度は菩薩の母、方便を以て父と為す。 一切衆の導師、是れに由りて生ぜざる無し。 法喜を以て妻と為し、慈悲の心を女と為す。 善心誠実は男、畢竟空寂は舎なり。 弟子衆は塵労、意の所に随いて転ず。 道品の善知識、是れに由りて正覚を成ず。 諸度の法は等侶、四摂は伎女と為す。 歌詠して法言を誦し、此れを以て音楽と為す。 総持は園苑、無漏の法は林樹。 覚意の浄妙の華、解脱智慧の果。 八解の浴池、定水湛然として満つ。 布くに七浄の華を以てし、此の無垢の人を浴す。 象馬は五通、大乗を馳せて以て車と為す。 調御するに一心を以てし、八正路に遊ぶ。 相具わりて以て容を厳り、衆好其の姿を飾る。 慚愧の上服、深心を華鬘と為す。 富むこと七財の宝有り、教授して以て滋息す。 説く所の如く修行し、迴向して大利と為す。 四禅を床座と為し、浄命より生ず。 多聞智慧を増し、以て自覚の音と為す。 甘露の法の食、解脱の味は漿なり。 浄心以て澡浴し、戒品は塗香なり。 煩悩の賊を摧滅し、勇健にして能く踰ゆる無し。 四種の魔を降伏し、勝幡を道場に建つ。 起滅無きを知ると雖も、彼に示すが故に生有り。 悉く諸の国土に現ずること、日の見えざる無きが如し。 十方無量億の如来を供養するも、 諸仏及び己が身に分別の想無し。 諸仏の国と及び衆生とは空なりと知ると雖も、 而も常に浄土を修して群生を教化す。 諸有の衆生の類の形・声及び威儀を、 無畏力の菩薩は一時に能く尽く現ず。 衆魔の事を覚知して、示して其の行に随う。 善き方便の智を以て、意に随いて皆能く現ず。 或いは老病死を示して、諸の群生を成就す。 幻化の如しと了知して、通達して礙げ有ること無し。 或いは劫尽きて天地を焼き、皆洞然たるを現ず。 衆人の常想有るに、照らして無常を知らしむ。 無数億の衆生、倶に来りて菩薩を請ず。 一時に其の舎に到り、化して仏道に向かわしむ。 経書・禁呪の術、工巧・諸の伎芸、 尽く現じて此の事を行じ、諸の群生を饒益す。
現代語訳
そのとき会衆の中に普現色身という菩薩がいて、維摩詰に尋ねました。居士よ、父母、妻子、親戚、眷属、役人や民、知人は、みなどなたですか。奴婢、召使い、象や馬や車は、どこにありますか。そこで維摩詰は偈で答えました。 智慧の完成は菩薩の母であり、方便は父です。 すべての衆生の導き手は、みなここから生まれます。 法を喜ぶ心が妻であり、慈悲の心が娘です。 善い心と誠実が息子であり、究極の空と静寂が住まいです。 弟子たちは煩悩の塵であり、思いのままに動かします。 悟りへの修行の道と善き友によって、正覚を成します。 六つの完成の法が仲間であり、四つの摂受の働きが歌い手です。 法の言葉を歌い唱え、それを音楽とします。 教えを保つ力が庭園であり、煩悩の漏れない法が林の木々です。 悟りの心の清らかな花があり、解脱と智慧が果実です。 八つの解脱が浴池であり、禅定の水が静かに満ちています。 七つの清らかな花を敷いて、この垢のない人を沐浴させます。 五つの神通は象や馬であり、大乗に乗って走るのが車です。 一つの心で御し、八つの正しい道を進みます。 優れた相を備えて姿を整え、さまざまな好ましい特徴で姿を飾ります。 慚愧の心は上等な衣服であり、深い心が花の飾りです。 七つの財宝に富み、人に教え授けて殖やします。 説くとおりに修行し、功徳を振り向けて大きな利益とします。 四つの禅定が寝台の座であり、清らかな生き方から生じます。 よく聞いて智慧を増し、それを自ら覚る声とします。 甘露の法が食事であり、解脱の味が飲み物です。 清らかな心で身を洗い、戒の品が塗り香です。 煩悩の賊を打ち砕き、勇ましく、超える者はいません。 四種の魔を降し、勝利の旗を悟りの場に立てます。 生じることも滅することもないと知りながら、人々に示すためにあえて生まれます。 あらゆる国土に現れることは、日の光が届かないところがないようです。 十方の数えきれない如来を供養しながらも、 諸仏と自分とのあいだに分別の想いがありません。 諸仏の国も衆生も空だと知りながら、 それでもいつも浄土を修め、人々を教え導きます。 あらゆる衆生の姿、声、振る舞いを、 畏れのない力を持つ菩薩は、一度にすべて現します。 多くの魔の仕業を覚り知りながら、あえてその行いに従ってみせます。 巧みな方便の智慧で、思いのままにどんな姿も現します。 あるいは老い、病み、死ぬ姿を見せて、人々を成就させます。 すべては幻のようだと知り、妨げなく通達しています。 あるいは世界の終わりに天地が焼かれて燃え尽きるさまを現し、 永遠だと思っている人々に、照らして無常を知らせます。 数えきれない衆生が、そろって来て菩薩を招きます。 一度にその家々に行き、教化して仏道に向かわせます。 経書、呪術、技術、さまざまな芸能を、 すべて現してこれを行い、多くの人々を利益します。
解説

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