維摩経 / 佛國品第一(3)
爾時毘耶離城有長者子。名曰寶積。與五百長者子俱。持七寶蓋來詣佛所。頭面禮足。各以其蓋共供養佛。佛之威神令諸寶蓋合成一蓋。遍覆三千大千世界。而此世界廣長之相悉於中現。又此三千大千世界。諸須彌山雪山。目真隣陀山摩訶目真隣陀山。香山寶山金山黑山。鐵圍山大鐵圍山。大海江河川流泉源。及日月星辰。天宮龍宮。諸尊神宮。悉現於寶蓋中。又十方諸佛諸佛說法亦現於寶蓋中。爾時一切大眾。覩佛神力歎未曾有。合掌禮佛瞻仰尊顏目不暫捨。於是長者子寶積。即於佛前以偈頌曰。
新字:爾時毘耶離城有長者子。名曰宝積。与五百長者子倶。持七宝蓋来詣仏所。頭面礼足。各以其蓋共供養仏。仏之威神令諸宝蓋合成一蓋。遍覆三千大千世界。而此世界広長之相悉於中現。又此三千大千世界。諸須弥山雪山。目真隣陀山摩訶目真隣陀山。香山宝山金山黒山。鉄囲山大鉄囲山。大海江河川流泉源。及日月星辰。天宮竜宮。諸尊神宮。悉現於宝蓋中。又十方諸仏諸仏説法亦現於宝蓋中。爾時一切大衆。睹仏神力嘆未曽有。合掌礼仏瞻仰尊顔目不暫捨。於是長者子宝積。即於仏前以偈頌曰。
書き下し
爾の時、毘耶離城に長者の子有り、名を宝積と曰う。五百の長者の子と俱に、七宝の蓋を持ちて仏の所に来詣し、頭面に足を礼す。各おの其の蓋を以て共に仏に供養す。仏の威神、諸の宝蓋をして合して一蓋と成らしめ、遍く三千大千世界を覆う。而して此の世界の広長の相、悉く中に現ず。又た此の三千大千世界の、諸の須弥山・雪山、目真隣陀山・摩訶目真隣陀山、香山・宝山・金山・黒山、鉄囲山・大鉄囲山、大海・江河・川流・泉源、及び日月星辰、天宮・竜宮、諸尊神の宮、悉く宝蓋の中に現ず。又た十方の諸仏、諸仏の説法も亦た宝蓋の中に現ず。爾の時、一切の大衆、仏の神力を覩て未曾有なりと歎じ、合掌して仏を礼し、尊顔を瞻仰して目暫くも捨てず。是に於て長者の子宝積、即ち仏前に於て偈頌を以て曰く。
現代語訳
そのとき、毘耶離城に宝積という長者の子がいました。五百人の長者の子とともに、七宝で飾った傘蓋を持って仏のもとに来て、頭を足につけて礼拝し、それぞれの傘蓋を仏に供養しました。仏の威神の力によって、それらの宝の傘蓋は合わさって一つの傘蓋となり、三千大千世界を広く覆いました。そして、この世界の広がりのありさまが、すべてその中に映し出されました。また、この三千大千世界のさまざまな須弥山、雪山、目真隣陀山、摩訶目真隣陀山、香山、宝山、金山、黒山、鉄囲山、大鉄囲山、大海、江河、川の流れ、泉の源、さらに日月星辰、天の宮殿、竜の宮殿、もろもろの尊い神々の宮殿も、すべて宝の傘蓋の中に現れました。さらに十方の諸仏と、その諸仏の説法の様子も、宝の傘蓋の中に現れました。そのとき、会座の大衆は皆、仏の神力を見て、いまだかつてないことだと感嘆し、合掌して仏を礼し、仏のお顔を仰ぎ見て、一瞬も目を離しませんでした。そこで長者の子の宝積は、仏の前で偈頌を唱えて言いました。
解説

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