維摩経 / 佛國品第一(2)
其名曰等觀菩薩。不等觀菩薩。等不等觀菩薩。定自在王菩薩。法自在王菩薩。法相菩薩。光相菩薩。光嚴菩薩。大嚴菩薩。寶積菩薩。辯積菩薩。寶手菩薩。寶印手菩薩。常舉手菩薩。常下手菩薩。常慘菩薩。喜根菩薩。喜王菩薩。辯音菩薩。虛空藏菩薩。執寶炬菩薩。寶勇菩薩。寶見菩薩。帝網菩薩。明網菩薩。無緣觀菩薩。慧積菩薩。寶勝菩薩。天王菩薩。壞魔菩薩。電德菩薩。自在王菩薩。功德相嚴菩薩。師子吼菩薩。雷音菩薩。山相擊音菩薩。香象菩薩。白香象菩薩。常精進菩薩。不休息菩薩。妙生菩薩。華嚴菩薩。觀世音菩薩。得大勢菩薩。梵網菩薩。寶杖菩薩。無勝菩薩。嚴土菩薩。金髻菩薩。珠髻菩薩。彌勒菩薩。文殊師利法王子菩薩。如是等三萬二千人。 復有萬梵天王尸棄等。從餘四天下來詣佛所而聽法。復有萬二千天帝。亦從餘四天下來在會坐。并餘大威力諸天.龍神.夜叉.乾闥婆.阿脩羅.迦樓羅.緊那羅.摩睺羅伽.等悉來會坐。諸比丘比丘尼優婆塞優婆夷俱來會坐。彼時佛與無量百千之眾恭敬圍繞而為說法。譬如須彌山王顯于大海。安處眾寶師子之座。蔽於一切諸來大眾。
新字:其名曰等観菩薩。不等観菩薩。等不等観菩薩。定自在王菩薩。法自在王菩薩。法相菩薩。光相菩薩。光厳菩薩。大厳菩薩。宝積菩薩。弁積菩薩。宝手菩薩。宝印手菩薩。常舉手菩薩。常下手菩薩。常惨菩薩。喜根菩薩。喜王菩薩。弁音菩薩。虚空蔵菩薩。執宝炬菩薩。宝勇菩薩。宝見菩薩。帝網菩薩。明網菩薩。無縁観菩薩。慧積菩薩。宝勝菩薩。天王菩薩。壊魔菩薩。電徳菩薩。自在王菩薩。功徳相厳菩薩。師子吼菩薩。雷音菩薩。山相撃音菩薩。香象菩薩。白香象菩薩。常精進菩薩。不休息菩薩。妙生菩薩。華厳菩薩。観世音菩薩。得大勢菩薩。梵網菩薩。宝杖菩薩。無勝菩薩。厳土菩薩。金髻菩薩。珠髻菩薩。弥勒菩薩。文殊師利法王子菩薩。如是等三万二千人。 復有万梵天王尸棄等。従余四天下来詣仏所而聴法。復有万二千天帝。亦従余四天下来在会坐。并余大威力諸天.竜神.夜叉.乾闥婆.阿脩羅.迦楼羅.緊那羅.摩睺羅伽.等悉来会坐。諸比丘比丘尼優婆塞優婆夷倶来会坐。彼時仏与無量百千之衆恭敬囲繞而為説法。譬如須弥山王顕于大海。安処衆宝師子之座。蔽於一切諸来大衆。
書き下し
其の名を曰く、等観菩薩、不等観菩薩、等不等観菩薩、定自在王菩薩、法自在王菩薩、法相菩薩、光相菩薩、光厳菩薩、大厳菩薩、宝積菩薩、辯積菩薩、宝手菩薩、宝印手菩薩、常挙手菩薩、常下手菩薩、常惨菩薩、喜根菩薩、喜王菩薩、辯音菩薩、虚空蔵菩薩、執宝炬菩薩、宝勇菩薩、宝見菩薩、帝網菩薩、明網菩薩、無縁観菩薩、慧積菩薩、宝勝菩薩、天王菩薩、壊魔菩薩、電徳菩薩、自在王菩薩、功徳相厳菩薩、師子吼菩薩、雷音菩薩、山相撃音菩薩、香象菩薩、白香象菩薩、常精進菩薩、不休息菩薩、妙生菩薩、華厳菩薩、観世音菩薩、得大勢菩薩、梵網菩薩、宝杖菩薩、無勝菩薩、厳土菩薩、金髻菩薩、珠髻菩薩、弥勒菩薩、文殊師利法王子菩薩なり。是くの如き等の三万二千人なり。 復た万の梵天王、尸棄等有り。餘の四天下より来たりて仏の所に詣り、法を聴く。復た万二千の天帝有り、亦た餘の四天下より来たりて会に在りて坐す。并びに餘の大威力ある諸天・竜神・夜叉・乾闥婆・阿脩羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽等、悉く来たりて会に坐す。諸の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、俱に来たりて会に坐す。彼の時、仏は無量百千の衆に恭敬し囲繞せられて、為に法を説きたもう。譬えば須弥山王の大海に顕われて、衆宝の師子の座に安処し、一切の諸の来たれる大衆を蔽うが如し。
現代語訳
その名は、等観菩薩、不等観菩薩、等不等観菩薩、定自在王菩薩、法自在王菩薩、法相菩薩、光相菩薩、光厳菩薩、大厳菩薩、宝積菩薩、辯積菩薩、宝手菩薩、宝印手菩薩、常挙手菩薩、常下手菩薩、常惨菩薩、喜根菩薩、喜王菩薩、辯音菩薩、虚空蔵菩薩、執宝炬菩薩、宝勇菩薩、宝見菩薩、帝網菩薩、明網菩薩、無縁観菩薩、慧積菩薩、宝勝菩薩、天王菩薩、壊魔菩薩、電徳菩薩、自在王菩薩、功徳相厳菩薩、師子吼菩薩、雷音菩薩、山相撃音菩薩、香象菩薩、白香象菩薩、常精進菩薩、不休息菩薩、妙生菩薩、華厳菩薩、観世音菩薩、得大勢菩薩、梵網菩薩、宝杖菩薩、無勝菩薩、厳土菩薩、金髻菩薩、珠髻菩薩、弥勒菩薩、文殊師利法王子菩薩です。このような方々が合わせて三万二千人いました。 さらに、一万の梵天王、尸棄などが、ほかの四天下から仏のもとに来て、法を聴きました。また一万二千の天帝も、ほかの四天下から来て会座に着きました。そのほか大きな威力を持つ諸天、竜神、夜叉、乾闥婆、阿脩羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽などもすべて来て会座に着きました。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷も皆そろって来て座りました。そのとき仏は、数えきれない百千の大衆に敬われ、取り囲まれて、法を説いておられました。たとえば須弥山王が大海の上に姿を現すように、さまざまな宝で飾られた獅子の座に安らかに座り、集まったすべての大衆を覆うように輝いていました。
解説

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維摩経・佛國品第一(1)かくの如く我聞けり。一時、仏、毘耶離の菴羅樹園に在しまして、大比丘衆八千人と俱なりき。菩薩三万二千あり。衆の知識する所なり。大智の本行、皆悉く成就せり。諸仏の威神の建立する所にして、法城を護らんが為に正法を受持し、能く師子吼して名は十方に聞こゆ。衆人請わざるに友として之を安んず。三宝を紹隆して能く絶えざらしめ、魔怨を降伏し、諸の外道を制す。悉く已に清浄にして永く蓋纏を離れ、心は常に無礙解脱に安住す。念・定・総持・辯才、断えず。布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧、及び方便力、具足せざる無し。無所得・不起法忍に逮び、已に能く随順して不退の輪を転ず。善く法相を解し、衆生の根を知る。蓋く諸の大衆をして無所畏を得しめ、功徳智慧以て其の心を修す。相好もて身を厳り、色像第一なり。諸の世間の有る所の飾好を捨つ。名称高遠にして須弥を踰ゆ。深信堅固なること猶お金剛の若し。法宝普く照らして甘露を雨ふらす。衆の言音に於て微妙第一なり。深く縁起に入りて諸の邪見を断じ、有無の二辺、復た餘習無し。法を演べて無畏なること猶お師子吼の如し。其の講説する所は乃ち雷震の如し。量有ること無く、已に量を過ぐ。衆の法宝を集むること海の導師の如し。諸法の深妙の義に了達し、善く衆生の往来して趣く所、及び心の行ずる所を知る。無等等なる仏の自在慧・十力・無畏・十八不共に近づき、一切の諸の悪趣の門を関閉す。而も五道に生じて其の身を現じ、大医王と為りて善く衆病を療し、病に応じて薬を与え、服行することを得しむ。無量の功徳、皆成就し、無量の仏土、皆厳浄なり。其の見聞する者、益を蒙らざる無し。諸の所作有る、亦た唐捐せず。是くの如き一切の功徳、皆悉く具足せり。
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法華経・序品第一(1)かくの如く我聞けり。一時、仏、王舎城の耆闍崛山の中に住したまい、大比丘衆、万二千人と俱なりき。皆是れ阿羅漢にして、諸漏已に尽き、復た煩悩無く、己利を逮得し、諸の有結を尽くして、心自在を得たり。其の名を曰く、阿若憍陳如、摩訶迦葉、優楼頻螺迦葉、伽耶迦葉、那提迦葉、舎利弗、大目犍連、摩訶迦旃延、阿冕楼駄、劫賓那、憍梵波提、離婆多、畢陵伽婆蹉、薄拘羅、摩訶拘絺羅、難陀、孫陀羅難陀、富楼那弥多羅尼子、須菩提、阿難、羅睺羅なり。是くの如き衆に知識せらるる大阿羅漢等なり。 復た学・無学の二千人有り。摩訶波闍波提比丘尼、眷属六千人と俱なり。羅睺羅の母、耶輸陀羅比丘尼も、亦た眷属と俱なり。菩薩摩訶薩八万人あり、皆阿耨多羅三藐三菩提に於いて不退転なり。皆陀羅尼を得、楽説弁才にして、不退転の法輪を転ず。無量百千の諸仏を供養し、諸仏の所に於いて、衆の徳本を植え、常に諸仏の称歎する所と為る。慈を以て身を修め、善く仏慧に入り、大智に通達して、彼岸に到り、名称普く無量の世界に聞こえ、能く無数百千の衆生を度す。其の名を曰く、文殊師利菩薩、観世音菩薩、得大勢菩薩、常精進菩薩、不休息菩薩、宝掌菩薩、薬王菩薩、勇施菩薩、宝月菩薩、月光菩薩、満月菩薩、大力菩薩、無量力菩薩、越三界菩薩、跋陀婆羅菩薩、弥勒菩薩、宝積菩薩、導師菩薩なり。是くの如き等の菩薩摩訶薩、八万人と俱なり。
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法華経・序品第一(2)その時、釈提桓因、其の眷属二万の天子と俱なり。復た名月天子、普香天子、宝光天子、四大天王有り、其の眷属万の天子と俱なり。自在天子、大自在天子、其の眷属三万の天子と俱なり。娑婆世界の主、梵天王、尸棄大梵、光明大梵等、其の眷属万二千の天子と俱なり。八龍王有り、難陀龍王、跋難陀龍王、娑伽羅龍王、和修吉龍王、徳叉迦龍王、阿那婆達多龍王、摩那斯龍王、優鉢羅龍王等、各おの若干百千の眷属と俱なり。四緊那羅王有り、法緊那羅王、妙法緊那羅王、大法緊那羅王、持法緊那羅王、各おの若干百千の眷属と俱なり。四乾闥婆王有り、楽乾闥婆王、楽音乾闥婆王、美乾闥婆王、美音乾闥婆王、各おの若干百千の眷属と俱なり。四阿修羅王有り、婆稚阿修羅王、佉羅騫駄阿修羅王、毘摩質多羅阿修羅王、羅睺阿修羅王、各おの若干百千の眷属と俱なり。四迦楼羅王有り、大威徳迦楼羅王、大身迦楼羅王、大満迦楼羅王、如意迦楼羅王、各おの若干百千の眷属と俱なり。韋提希の子、阿闍世王、若干百千の眷属と俱なり。各おの仏足を礼し、退きて一面に坐せり。 その時、世尊、四衆に囲繞せられ、供養・恭敬・尊重・讃歎せらる。諸の菩薩の為に大乗経の無量義と名づくるを説き、菩薩を教うる法にして、仏の護念したまう所なり。仏、此の経を説き已りて、結跏趺坐し、無量義処三昧に入り、身心動じたまわず。是の時、天より曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華を雨らして、仏の上及び諸の大衆に散ず。普く仏の世界、六種に震動す。
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法華経・從地湧出品第十五(5)爾の時、釈迦牟尼の分身の諸仏、無量千万億の他方国土より来れる者は、八方の諸の宝樹の下の師子座の上に在りて、結跏趺坐したまえり。其の仏の侍者は、各各是の菩薩大衆の、三千大千世界の四方より地より湧出して、虚空に住せるを見て、各其の仏に白して言さく、「世尊、此の諸の無量無辺阿僧祇の菩薩大衆は、何れの所より来れる」と。爾の時、諸仏は各侍者に告げたまわく、「諸の善男子よ、且く須臾を待て。菩薩摩訶薩有り、名づけて弥勒と曰う。釈迦牟尼仏の授記したまう所にして、次後に仏と作らん。已に斯の事を問えり。仏、今之に答えたもう。汝等は自ら当に是に因りて聞くことを得べし」と。 爾の時、釈迦牟尼仏、弥勒菩薩に告げたまわく、「善いかな、善いかな、阿逸多よ、乃ち能く仏に是の如き大事を問えり。汝等は当に共に一心に、精進の鎧を被、堅固の意を発すべし。如来は今、諸仏の智慧、諸仏の自在神通の力、諸仏の師子奮迅の力、諸仏の威猛大勢の力を顕発し宣示せんと欲す」と。 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 当に精進し一心なるべし。我れ此の事を説かんと欲す。疑悔を得ること勿れ。仏智は思議し叵し。汝は今、信力を出して、忍と善とに住せよ。昔より未だ聞かざる法を、今皆当に聞くことを得べし。 我れ今、汝を安慰す。疑懼を懐くこと勿れ。仏に不実の語無く、智慧は量るべからず。得る所の第一の法は、甚深にして分別し叵し。是の如きを今当に説くべし。汝等は一心に聴け。
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法華経・從地湧出品第十五(4)無量千万億の、大衆の諸の菩薩は、昔より未だ曽て見ざる所なり。願わくは両足尊よ、説きたまえ。是れ何れの所より来り、何の因縁を以て集まれる。巨身にして大神通あり、智慧は思議し叵し、 其の志念は堅固にして、大忍辱力有り。衆生の見んことを楽う所なり。為た何れの所より来れる。一一の諸菩薩の、将いたる所の諸の眷属は、其の数量有ること無く、恒河沙等の如し。 或いは大菩薩の、六万恒沙を将いたる有り。是の如き諸の大衆は、一心に仏道を求む。是の諸の大師等の、六万恒河沙は、倶に来りて仏を供養し、及び是の経を護持す。 五万の恒沙を将いたるは、其の数は是れに過ぎたり。四万及び三万、二万より一万、一千一百等、乃至、一恒沙、半及び三四分、億万分の一、 千万那由他、万億の諸の弟子、乃至、半億に於いてすら、其の数は復た上に過ぎたり。百万より一万、一千及び一百、五十と一十、乃至、三二一、 単己にして眷属無く、独処を楽う者は、倶に仏の所に来れり。其の数は転た上に過ぎたり。是の如き諸の大衆は、若し人、籌を行じて数えば、恒沙劫を過ぐれども、猶お尽く知ること能わず。 是の諸の大威徳、精進の菩薩衆は、誰か其の為に法を説き、教化して成就せしめたる。誰より初めて発心し、何れの仏法を称揚し、誰の経を受持し行じ、何れの仏道を修習せる。 是の如き諸の菩薩の、神通・大智力あり、四方の地は震裂して、皆中より湧出せり。世尊よ、我れ昔より来た、未だ曽て是の事を見ず。願わくは其の所従の、国土の名号を説きたまえ。 我れ常に諸国を遊ぶに、未だ曽て是の衆を見ず。我れ此の衆の中に於いて、乃ち一人をも識らず。忽然として地より出ず。願わくは其の因縁を説きたまえ。今此の大会の、無量百千億の 是の諸の菩薩等は、皆此の事を知らんと欲す。是の諸の菩薩衆の、本末の因縁を、無量徳の世尊よ、惟だ願わくは衆の疑いを決したまえ。
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維摩経・佛國品第一(4)目は浄く脩く広きこと青蓮の如く、心は浄くして已に諸の禅定を度す 久しく浄業を積みて無量と称す、衆を導くに寂を以てす、故に稽首す 既に大聖の神変を以て、普く十方の無量の土を現したまうを見る 其の中の諸仏の法を演説したまうを、是に於て一切悉く見聞す 法王の法力は群生に超え、常に法財を以て一切に施したもう 能く善く諸法の相を分別して、第一義に於て動ぜず 已に諸法に於て自在を得たり、是の故に此の法王に稽首す 法を説きたもうに有ならず亦た無ならず、因縁を以ての故に諸法生ず 我無く造無く受者無けれども、善悪の業は亦た亡びず 始め仏樹に在りて力、魔を降し、甘露の滅を得て覚道成ず 已に心意無く受行無くして、悉く諸の外道を摧伏したもう 三たび法輪を大千に転ず、其の輪は本来常に清浄なり 天人の道を得ること此れを証と為し、三宝是に於て世間に現ず 斯の妙法を以て群生を済い、一たび受くれば退せず常に寂然たり 老病死を度する大医王、当に法海の徳の辺り無きを礼すべし 毀誉に動ぜざること須弥の如く、善不善に於て等しく慈を以てす 心行は平等にして虚空の如し、孰か人宝を聞きて敬承せざらん 今世尊に此の微蓋を奉るに、中に我が三千界を現ず 諸天・竜神の居る所の宮、乾闥婆等及び夜叉 悉く世間の諸の有る所を見る、十力、哀れみて是の化変を現したもう 衆は希有なるを覩て皆仏を歎ず、今我三界の尊に稽首す 大聖法王は衆の帰する所、浄心にして仏を観れば欣ばざる靡し 各おの世尊の其の前に在すを見る、斯れ則ち神力の不共法なり 仏は一音を以て法を演説したもうに、衆生は類に随いて各おの解を得 皆な世尊は其の語を同じくすと謂う、斯れ則ち神力の不共法なり 仏は一音を以て法を演説したもうに、衆生は各各解する所に随い 普く受行を得て其の利を獲、斯れ則ち神力の不共法なり 仏は一音を以て法を演説したもうに、或いは恐畏有り或いは歓喜し 或いは厭離を生じ或いは疑を断ず、斯れ則ち神力の不共法なり 十力・大精進に稽首す、已に無所畏を得たまえるに稽首す 不共法に住したまえるに稽首す、一切の大導師に稽首す 能く衆の結縛を断ちたもうに稽首す、已に彼岸に到りたまえるに稽首す 能く諸の世間を度したもうに稽首す、永く生死の道を離れたまえるに稽首す 悉く衆生の来去の相を知り、善く諸法に於て解脱を得たまえり 世間に著せざること蓮華の如く、常に善く空寂の行に入りたもう 諸法の相に達して罣礙無し、稽首す、空の如く依る所無き方に