法華経 / 從地湧出品第十五(4)
無量千萬億、大眾諸菩薩,昔所未曾見,願兩足尊說,是從何所來,以何因緣集。巨身大神通,智慧叵思議、 其志念堅固,有大忍辱力,眾生所樂見,為從何所來。一一諸菩薩、所將諸眷屬,其數無有量,如恒河沙等。 或有大菩薩,將六萬恒沙,如是諸大眾,一心求佛道。是諸大師等,六萬恒河沙,俱來供養佛、及護持是經。 將五萬恒沙,其數過於是。四萬及三萬、二萬至一萬、一千一百等,乃至一恒沙、半及三四分、億萬分之一, 千萬那由他,萬億諸弟子,乃至於半億,其數復過上。百萬至一萬、一千及一百、五十與一十、乃至三二一、 單己無眷屬,樂於獨處者,俱來至佛所,其數轉過上。如是諸大眾,若人行籌數,過於恒沙劫,猶不能盡知。 是諸大威德、精進菩薩眾,誰為其說法,教化而成就。從誰初發心,稱揚何佛法,受持行誰經,修習何佛道。 如是諸菩薩,神通大智力,四方地震裂,皆從中湧出。世尊我昔來,未曾見是事,願說其所從,國土之名號。 我常遊諸國,未曾見是眾,我於此眾中、乃不識一人,忽然從地出,願說其因緣。今此之大會,無量百千億, 是諸菩薩等,皆欲知此事。是諸菩薩眾、本末之因緣,無量德世尊,惟願決眾疑。
新字:無量千万億、大衆諸菩薩,昔所未曽見,願両足尊説,是従何所来,以何因縁集。巨身大神通,智慧叵思議、 其志念堅固,有大忍辱力,衆生所楽見,為従何所来。一一諸菩薩、所将諸眷属,其数無有量,如恒河沙等。 或有大菩薩,将六万恒沙,如是諸大衆,一心求仏道。是諸大師等,六万恒河沙,倶来供養仏、及護持是経。 将五万恒沙,其数過於是。四万及三万、二万至一万、一千一百等,乃至一恒沙、半及三四分、億万分之一, 千万那由他,万億諸弟子,乃至於半億,其数復過上。百万至一万、一千及一百、五十与一十、乃至三二一、 単己無眷属,楽於独処者,倶来至仏所,其数転過上。如是諸大衆,若人行籌数,過於恒沙劫,猶不能尽知。 是諸大威徳、精進菩薩衆,誰為其説法,教化而成就。従誰初発心,称揚何仏法,受持行誰経,修習何仏道。 如是諸菩薩,神通大智力,四方地震裂,皆従中湧出。世尊我昔来,未曽見是事,願説其所従,国土之名号。 我常遊諸国,未曽見是衆,我於此衆中、乃不識一人,忽然従地出,願説其因縁。今此之大会,無量百千億, 是諸菩薩等,皆欲知此事。是諸菩薩衆、本末之因縁,無量徳世尊,惟願決衆疑。
書き下し
無量千万億の、大衆の諸の菩薩は、昔より未だ曽て見ざる所なり。願わくは両足尊よ、説きたまえ。是れ何れの所より来り、何の因縁を以て集まれる。巨身にして大神通あり、智慧は思議し叵し、 其の志念は堅固にして、大忍辱力有り。衆生の見んことを楽う所なり。為た何れの所より来れる。一一の諸菩薩の、将いたる所の諸の眷属は、其の数量有ること無く、恒河沙等の如し。 或いは大菩薩の、六万恒沙を将いたる有り。是の如き諸の大衆は、一心に仏道を求む。是の諸の大師等の、六万恒河沙は、倶に来りて仏を供養し、及び是の経を護持す。 五万の恒沙を将いたるは、其の数は是れに過ぎたり。四万及び三万、二万より一万、一千一百等、乃至、一恒沙、半及び三四分、億万分の一、 千万那由他、万億の諸の弟子、乃至、半億に於いてすら、其の数は復た上に過ぎたり。百万より一万、一千及び一百、五十と一十、乃至、三二一、 単己にして眷属無く、独処を楽う者は、倶に仏の所に来れり。其の数は転た上に過ぎたり。是の如き諸の大衆は、若し人、籌を行じて数えば、恒沙劫を過ぐれども、猶お尽く知ること能わず。 是の諸の大威徳、精進の菩薩衆は、誰か其の為に法を説き、教化して成就せしめたる。誰より初めて発心し、何れの仏法を称揚し、誰の経を受持し行じ、何れの仏道を修習せる。 是の如き諸の菩薩の、神通・大智力あり、四方の地は震裂して、皆中より湧出せり。世尊よ、我れ昔より来た、未だ曽て是の事を見ず。願わくは其の所従の、国土の名号を説きたまえ。 我れ常に諸国を遊ぶに、未だ曽て是の衆を見ず。我れ此の衆の中に於いて、乃ち一人をも識らず。忽然として地より出ず。願わくは其の因縁を説きたまえ。今此の大会の、無量百千億の 是の諸の菩薩等は、皆此の事を知らんと欲す。是の諸の菩薩衆の、本末の因縁を、無量徳の世尊よ、惟だ願わくは衆の疑いを決したまえ。
現代語訳
数限りない千万億の大衆の菩薩たちは、これまで一度も見たことのない方々です。どうか両足尊(仏)よ、お説きください。この方々はどこから来たのか、どのような因縁で集まったのか。大きな身体と大きな神通をもち、智慧は思い量れず、志は堅固で、大きな忍耐の力があり、人々が見たがる姿です。どこから来たのでしょうか。 一人ひとりの菩薩が連れている眷属は、数が量れず、ガンジス川の砂ほどです。ある大菩薩は六万のガンジス川の砂ほどの眷属を連れています。このような大衆は、一心に仏道を求めています。これらの大導師たち、六万のガンジス川の砂ほどの者が、ともに来て仏を供養し、この経を護り持とうとしています。 五万のガンジス川の砂ほどの眷属を連れた者は、さらに数が多く、四万、三万、二万、一万、一千、一百などと続き、一つのガンジス川の砂ほど、その半分、三分の一や四分の一、億万分の一、千万那由他、万億の弟子を連れた者、半億にいたるまで、数はまた上の者を超えます。百万から一万、一千、一百、五十、一十、三人、二人、一人の者までいます。弟子も眷属もなく、一人でいることを楽しむ者も、ともに仏のもとに来ていて、その数はさらに上を超えます。これほどの大衆は、もし人が算木で数えたなら、ガンジス川の砂の数ほどの劫が過ぎても、なお知り尽くすことができません。 これらの大いなる威徳をそなえ、精進する菩薩衆は、誰が法を説いて教え導き成就させたのでしょうか。誰によって初めて発心し、どの仏法をほめ、誰の経を受け持って行じ、どの仏道を修めたのでしょうか。このような菩薩たちは神通と大きな智慧の力をもち、四方の大地が裂けて、みな中から湧き出ました。世尊よ、私は昔からこのようなことを見たことがありません。どうか、この方々がどこの国から来たのか、その国土の名をお説きください。 私は常にさまざまな国を巡っていましたが、このような衆を見たことがありません。この衆の中に、一人として知る人がいません。突然地から出てきました。どうかその因縁をお説きください。いま、この大会の無量百千億の菩薩たちは、みなこの事を知りたいと願っています。この菩薩衆の、本末の因縁を、無量の徳をそなえた世尊よ、どうか衆の疑いを晴らしてください。
解説

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