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養生訓 / 巻第八・養老

一老いての後は、一日を以て十日として、日々に樂むべし。つねに日ををしみて、一日もあだにくらすべからず。世のなかの人のありさま、我が心にかなはずとも、凡人なればさこそあらめと思ひて、我が子弟をはじめ、人の過惡をなだめゆるして、とがむべからず、いかりうらむべからず。又わが身不幸にして福うすく、人われに對して橫逆なるも、うき世のならひ斯くこそあらめと思ひ、天命を安じてうれふべからず。つねに樂しみて日を送るべし。人をうらみいかり、身をうれひなげきて、心をくるしめ樂まずして、はかなく年月を過ぎなん事をしむべし。かくをしむべき月日なるを、一日もたのしまずして、むなしく過ぎぬるは愚なりと云ふべし。たとひ家貧しく幸なくして、うゑて死ぬとも、死ぬる時までは樂みて過すべし。貧しきとて、人にむさぼり求め、不義にして命を惜むべからず。

新字:一老いての後は、一日を以て十日として、日々に楽むべし。つねに日ををしみて、一日もあだにくらすべからず。世のなかの人のありさま、我が心にかなはずとも、凡人なればさこそあらめと思ひて、我が子弟をはじめ、人の過悪をなだめゆるして、とがむべからず、いかりうらむべからず。又わが身不幸にして福うすく、人われに対して横逆なるも、うき世のならひ斯くこそあらめと思ひ、天命を安じてうれふべからず。つねに楽しみて日を送るべし。人をうらみいかり、身をうれひなげきて、心をくるしめ楽まずして、はかなく年月を過ぎなん事をしむべし。かくをしむべき月日なるを、一日もたのしまずして、むなしく過ぎぬるは愚なりと云ふべし。たとひ家貧しく幸なくして、うゑて死ぬとも、死ぬる時までは楽みて過すべし。貧しきとて、人にむさぼり求め、不義にして命を惜むべからず。

書き下し

一老いての後は、一日を以て十日として、日々に楽むべし。つねに日ををしみて、一日もあだにくらすべからず。世のなかの人のありさま、我が心にかなはずとも、凡人なればさこそあらめと思ひて、我が子弟をはじめ、人の過悪をなだめゆるして、とがむべからず、いかりうらむべからず。又わが身不幸にして福うすく、人われに対して横逆なるも、うき世のならひ斯くこそあらめと思ひ、天命を安じてうれふべからず。つねに楽しみて日を送るべし。人をうらみいかり、身をうれひなげきて、心をくるしめ楽まずして、はかなく年月を過ぎなん事をしむべし。かくをしむべき月日なるを、一日もたのしまずして、むなしく過ぎぬるは愚なりと云ふべし。たとひ家貧しく幸なくして、うゑて死ぬとも、死ぬる時までは楽みて過すべし。貧しきとて、人にむさぼり求め、不義にして命を惜むべからず。

現代語訳

老いてから後は、一日を十日として、日々楽しむべきです。いつも日を惜しんで、一日もむなしく暮らしてはいけません。世の中の人のありさまが自分の心にかなわなくても、凡人なのだからそういうものだろうと思って、自分の子や弟をはじめ、人の過ちや悪をなだめ許して、とがめてはならず、怒り恨んではいけません。また自分の身が不幸で福が薄く、人が自分に対して無法であっても、浮き世の習いはこういうものだろうと思い、天命に安んじて憂えてはいけません。いつも楽しんで日を送るべきです。人を恨み怒り、身を憂え嘆いて、心を苦しめ楽しまずに、はかなく年月を過ごしてしまうのは惜しいことです。このように惜しむべき月日なのに、一日も楽しまずにむなしく過ごしてしまうのは愚かだと言うべきです。たとえ家が貧しく幸いがなくて、飢えて死ぬとしても、死ぬ時までは楽しんで過ごすべきです。貧しいからといって、人にむさぼり求め、不義をして命を惜しんではいけません。

解説

老いてからの心の持ち方を説いた、『養生訓』でもとくに味わい深い一条です。人の過ちは凡人の常と許し、自分の不運も浮き世の習いと受け入れ、天命に安んじて日々楽しめと述べています。たとえ貧しく飢えて死ぬとしても、死ぬまでは楽しんで過ごし、不義をしてまで命を惜しむなという言葉には、儒学者としての潔さと、楽しむことを重んじた益軒の人生観がよく表れています。思い通りにならないことを受け入れて今日を楽しむ姿勢は、どの年代にも大切な知恵です。

この章句が説くこと

楽しみ天命寛容老後心

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