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養生訓 / 巻第八・養老

一老人は氣よわし。萬の事用心ふかくすべし。すでに其事にのぞみても、わが身をかへり見て、氣力の及びがたき事はなすべからず。一とし下壽を越え七十にいたりては、一年をこゆるもいとかたき事になん。此ころにいたりては、一とせの間にも、氣體のおとろへ、時々にかはりゆく事、わかき時數年を過ぐるよりも猶甚けぢめあらはなり。斯くおとろへゆく老の身なれば、よくやしなはずんば、よはひを久しくたもちがたかるべし。又此としごろにいたりては、一とせを經る事、わかき時一二月を過ぐるよりはやし。おほからぬ餘命をもちて、斯く年月早くたちぬれば、此後のよはひ、いく程もなからん事を思ふべし。人の子たらん者此時心を用ひずして孝をつくさず、むなしく過ぎなん事愚なるかな。

新字:一老人は気よわし。万の事用心ふかくすべし。すでに其事にのぞみても、わが身をかへり見て、気力の及びがたき事はなすべからず。一とし下寿を越え七十にいたりては、一年をこゆるもいとかたき事になん。此ころにいたりては、一とせの間にも、気体のおとろへ、時々にかはりゆく事、わかき時数年を過ぐるよりも猶甚けぢめあらはなり。斯くおとろへゆく老の身なれば、よくやしなはずんば、よはひを久しくたもちがたかるべし。又此としごろにいたりては、一とせを経る事、わかき時一二月を過ぐるよりはやし。おほからぬ余命をもちて、斯く年月早くたちぬれば、此後のよはひ、いく程もなからん事を思ふべし。人の子たらん者此時心を用ひずして孝をつくさず、むなしく過ぎなん事愚なるかな。

書き下し

一老人は気よわし。万の事用心ふかくすべし。すでに其事にのぞみても、わが身をかへり見て、気力の及びがたき事はなすべからず。一とし下寿を越え七十にいたりては、一年をこゆるもいとかたき事になん。此ころにいたりては、一とせの間にも、気体のおとろへ、時々にかはりゆく事、わかき時数年を過ぐるよりも猶甚けぢめあらはなり。斯くおとろへゆく老の身なれば、よくやしなはずんば、よはひを久しくたもちがたかるべし。又此としごろにいたりては、一とせを経る事、わかき時一二月を過ぐるよりはやし。おほからぬ余命をもちて、斯く年月早くたちぬれば、此後のよはひ、いく程もなからん事を思ふべし。人の子たらん者此時心を用ひずして孝をつくさず、むなしく過ぎなん事愚なるかな。

現代語訳

老人は気が弱いものです。万事に用心深くすべきです。すでにその事に臨んでいても、自分の身を振り返って、気力の及びにくいことはしてはいけません。年が下寿(六十歳)を越えて七十に至っては、一年を越えるのもたいへんむずかしいことです。このころに至っては、一年の間にも体の気の衰えが時々に変わっていくことは、若いときに数年を過ぎるよりもなおはっきりと違いがあらわれます。このように衰えていく老いの身なので、よく養わなければ、寿命を長く保つことはむずかしいでしょう。またこの年ごろに至っては、一年を過ぎるのが、若いときに一、二か月を過ぎるよりも早いのです。多くない余命をもって、このように年月が早くたってしまうので、この後の寿命がいくらもないことを思うべきです。人の子たる者が、このときに心を用いずに孝を尽くさず、むなしく過ごしてしまうのは愚かなことです。

解説

老人の用心と、七十を過ぎた親への孝行の急ぎを説いた単位です。七十を過ぎると一年の衰えが若い頃の数年分にもあたり、しかも月日はますます早く過ぎると述べて、親の余命がいくらもないことを子に自覚させようとしています。気力に余ることをするなという老人自身への戒めも添えられています。孝行したい時に親はなしという言葉がありますが、親の老いの速さを知り、今のうちに心を尽くせという益軒の言葉は、今も多くの人の胸に響くでしょう。

この章句が説くこと

孝老い時間親養老

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