養生訓 / 巻第二・総論下
一人に對して、喜び樂み甚しければ、氣ひらけ過ぎてへる。我ひとり居て、憂ひ悲み多ければ、氣むすぼれてふさがる。へるとふさがるとは元氣の害なり。一心を靜にしてさわがしくせず、ゆるやかにして迫らず、氣を和かにしてあらくせず、言をすくなくして聲を高くせず、高くわらはず、つねに心をよろこばしめて、みだりにいからず、悲をすくなくし、かへらざる事を悔まず、過あらば一たびは我身をせめて、二度悔まず、只天命をやすんじてうれへず、是心氣をやしなふ道なり。士、かくの如くなるべし。
新字:一人に対して、喜び楽み甚しければ、気ひらけ過ぎてへる。我ひとり居て、憂ひ悲み多ければ、気むすぼれてふさがる。へるとふさがるとは元気の害なり。一心を静にしてさわがしくせず、ゆるやかにして迫らず、気を和かにしてあらくせず、言をすくなくして声を高くせず、高くわらはず、つねに心をよろこばしめて、みだりにいからず、悲をすくなくし、かへらざる事を悔まず、過あらば一たびは我身をせめて、二度悔まず、只天命をやすんじてうれへず、是心気をやしなふ道なり。士、かくの如くなるべし。
書き下し
一人に対して、喜び楽み甚しければ、気ひらけ過ぎてへる。我ひとり居て、憂ひ悲み多ければ、気むすぼれてふさがる。へるとふさがるとは元気の害なり。一心を静にしてさわがしくせず、ゆるやかにして迫らず、気を和かにしてあらくせず、言をすくなくして声を高くせず、高くわらはず、つねに心をよろこばしめて、みだりにいからず、悲をすくなくし、かへらざる事を悔まず、過あらば一たびは我身をせめて、二度悔まず、只天命をやすんじてうれへず、是心気をやしなふ道なり。士、かくの如くなるべし。
現代語訳
人と向き合って喜び楽しむことが甚だしければ、気が開き過ぎて減ります。一人でいて憂い悲しむことが多ければ、気が結ぼれてふさがります。減ることとふさがることは元気の害です。心を静かにして騒がしくせず、ゆったりとして急がず、気を和らげて荒くせず、言葉を少なくして声を高くせず、高笑いせず、いつも心を喜ばせてむやみに怒らず、悲しみを少なくし、取り返しのつかないことを悔やまず、過ちがあれば一度は自分を責めても二度と悔やまず、ただ天命に安んじて憂えない、これが心気を養う道です。士はこのようであるべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志耋録 第百三条 夢は心の画図感は、是れ心の影子なり。夢は、是れ心の画図なり。
-
『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段聖人は人倫の至りなり。是の如く君子大徳の行跡を見、此を法として、五倫の道を教へ、天の命ぜる職分を知らせ、力め行ふときは、身脩まりて家斉ひ、国治まりて天下平らかなり。孟子曰く、先王の法に遵ひて過つ者は未だ之有らず、と。又曰く、天下の性を言ふや、故のみ、故は利を以て本と為す、と。其の性と云ふは、人より禽獣草木まで、天に受け得て以て生ずる理なり。松は緑に、桜は花、羽ある物は空を飛び、鱗ある物は水を泳ぎ、日月の天に懸かるも皆一理なり。去年の四季の行はるるを見て、今年を知り、昨日の事を見て、今日を知る。これ即ち所謂故を見て、天下の性を知ると云ふ所なり。性を知る時は、五常五倫の道は、其の中に備はれり。中庸に、所謂天の命ずる之を性と謂ひ、性に率ふ之を道と謂ふ。性を知らずして、性に率ふことは得らるべきにあらず。性を知るは、学問の綱領なり。我怪しきことを語るにあらず。堯舜万世の法となり玉ふも、是れ性に率ふのみ。故に心を知るを学問の初めと云ふ。然るを心性の沙汰を除き、外に至極の学問有ることを知らず。万事は皆心よりなす。心は身の主なり。主なき身とならば、山野に捨つる死人に同じ。其の主を知らする教へなるを、異端と云ふは如何なることぞや。
-
『大和俗訓』巻之四・心術下一我が身不幸にて、災にあひ、讒言にあひ、或は主君父母兄弟朋友の不仁無礼にあふとも、古来和漢の内、なほそれよりも甚しき災にあへる人を思ひくらべて、みづから心をなぐさめ安んじて、うれふべからず。是古人の説なり。君子の天命をやすんずる工夫は、別に有るべし。されど是は一のやすき手だてなり。知るべし。
-
『大和俗訓』巻之四・心術下一心は天君にて、身の主なり。つねに楽ましむべし、くるしむべからず。わが身貧賤にして、或は不意の禍ありとも、これ天命なれば、うれふべからず。楽を失ふべからず。又人の我に悪しきをば、忍びてゆるすべし。うれふべからず。かくの如くすれば、心のくるしみなく、楽多し。身のまどしきをうれひ、又みだりに人をいかり悪みて、わが心を苦めそこなふべからず。人の無礼にして、我ををかしあなどるとも、おろかなる故と思ひ、いかり悪むべからず。子弟のともがら、我におろそかなりとも道を知らざる故と思ひ、いかるべからず。心をくるしめて益なし。下部などは、に習はし悪しければ、おろかにしてさとしがたし。その悪しきを、いましめ教ふるはよし、怒りせめて、言と色とをはげしくすべからず。我が心の和楽をやぶり、人のうらみをとる。言と顔色とはげしからざれども、わが行正しく、言にたはぶれなければ人自らおそれて侮らず。
-
『翁問答』上卷之本体充問曰五等の孝の説を承り候得者、親を愛敬する計りは孝行にては無く、其徳を明らかにして夫々のすぎわいの所作を、精に入て勤るが孝行の本意にて候や。師の曰左様にて候、畢竟は人の明徳を明らかにするが、孝行の本意にて候、故に心にむざとしたる一念を起し、或は怒るまじき事に腹を立て、悦ぶましきことを悦び、願ふまじき事を願ひ、悔むまじき事を悔み、畏れまじき事を懼るゝも、皆不孝なり、一言の偽も不孝なり、況や不義無道を身に行ひ、死すべき所にて死せず、死ぬまじき処にて犬死をなし、取まじき物を貧り取る可きものを取らずして、飢寒に及などするは皆以外の大なる不孝なり、心にかけて慎み可守事なり、此道理を知り明らめて、心に守り身に行ふを儒者の学問と云ふなり、世間に学問する人は多分に候得共、此本意を悟り得る人稀にて候。
-
『和俗童子訓』巻之五・教女子法一婦人に七去とて、悪しき事七あり。一にても有れば、夫より逐ひ去らるる理なり。故に是を七去と云ふ。これ古の法なり。女子に教へきかすべし。一には父母に随はざるを去る。二に子なければ去る。三に淫なれば去る。四に嫉めば去る。五に悪疾あれば去る。六に多言なれば去る。七に窃盗すれば去る。此七の内、子なきは生れつきなり、悪疾はやまひなり。此二は、天命にて力に及ばざる事なれば、婦のとがにあらず。其余の五は、皆我が心より出づるとがなれば、慎みて其悪を止め、善に移りて、夫に去られざるやうに用心すべし。凡人の容こそ生れつきたれば改め難かるべけれ、心は変ずる理あれば、我が心だに用ひなば、などか愚なるより賢きにも遷さばうつらざらん。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る