養生訓 / 巻第八・養老
一老人は、ことに、生冷、こはき物、あぶらけねばく滯りやすき物、こがれてかわける物、ふるき物、くさき物を忌む。又味偏なる物、味よしとても多く食ふべからず。夜食を殊に心を用ひてつゝしむべし。一年老いては、さびしきをきらふ。子たる者、時々侍り、古今の事しづかに物がたりして、親の心をなぐさむべし。もし朋友妻子には和順にして、久しく對談する事をよろこび、父母に對する事をむづかしく思ひて、たえだえにして疎くするは、是其親を愛せずして、他人を愛するなり。悖德と云ふべし、不孝の至りなり。おろかなるかな。一天氣和暖の日は、園圃に出で、高き所に上り、心をひろく遊ばしめ、欝滯を開くべし。時々花木を愛し遊賞せしめて、其意を快くすべし。されども、老人みづからは、園囿花木に心を用ひ過して、心を勞すべからず。
新字:一老人は、ことに、生冷、こはき物、あぶらけねばく滞りやすき物、こがれてかわける物、ふるき物、くさき物を忌む。又味偏なる物、味よしとても多く食ふべからず。夜食を殊に心を用ひてつゝしむべし。一年老いては、さびしきをきらふ。子たる者、時々侍り、古今の事しづかに物がたりして、親の心をなぐさむべし。もし朋友妻子には和順にして、久しく対談する事をよろこび、父母に対する事をむづかしく思ひて、たえだえにして疎くするは、是其親を愛せずして、他人を愛するなり。悖徳と云ふべし、不孝の至りなり。おろかなるかな。一天気和暖の日は、園圃に出で、高き所に上り、心をひろく遊ばしめ、欝滞を開くべし。時々花木を愛し遊賞せしめて、其意を快くすべし。されども、老人みづからは、園囿花木に心を用ひ過して、心を労すべからず。
書き下し
一老人は、ことに、生冷、こはき物、あぶらけねばく滞りやすき物、こがれてかわける物、ふるき物、くさき物を忌む。又味偏なる物、味よしとても多く食ふべからず。夜食を殊に心を用ひてつつしむべし。一年老いては、さびしきをきらふ。子たる者、時々侍り、古今の事しづかに物がたりして、親の心をなぐさむべし。もし朋友妻子には和順にして、久しく対談する事をよろこび、父母に対する事をむづかしく思ひて、たえだえにして疎くするは、是其親を愛せずして、他人を愛するなり。悖徳と云ふべし、不孝の至りなり。おろかなるかな。一天気和暖の日は、園圃に出で、高き所に上り、心をひろく遊ばしめ、欝滞を開くべし。時々花木を愛し遊賞せしめて、其意を快くすべし。されども、老人みづからは、園囿花木に心を用ひ過して、心を労すべからず。
現代語訳
老人は、とくに生もの・冷たい物、硬い物、脂っこくねばってとどこおりやすい物、焦げて乾いた物、古い物、臭い物を忌みます。また味の偏った物は、味がよくても多く食べてはいけません。夜食はとくに心を用いて慎むべきです。年老いては、さびしいのを嫌います。子である者は、ときどきそばに付き添い、昔や今のことを静かに語って、親の心を慰めるべきです。もし友人や妻子には和やかに従い、長く語り合うことを喜ぶのに、父母に向かうことを面倒に思って、途切れがちに疎遠にするのは、その親を愛さずに他人を愛することです。徳にもとると言うべきで、不孝の至りです。愚かなことです。天気の穏やかで暖かい日には、庭や畑に出て、高い所に上り、心を広く遊ばせて、ふさがった気を開くべきです。ときどき花や木を愛で楽しませて、その心を快くすべきです。けれども老人自身は、庭や花木に心を用いすぎて、心を疲れさせてはいけません。
解説
この章句が説くこと
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