養生訓 / 巻第七・用薬
一中夏の書、居家必用、居家必備、齊民要術、農政全書、月令廣義等に、料理の法を多く載せたり。其載する所、日本の料理に大にかはり、皆肥濃膏腴油膩の具、甘美の饌なり。其食味甚おもし。中土の人は腸胃厚く、禀賦つよき故に、かゝる重味を食しても滯塞せず。今世、長崎に來る中夏人も亦如此と云ふ。日本の人は、壯盛にても、かやうの饌食をくらはば、飽滿し滯塞して病おこるべし。日本の人の饌食は、淡くしてかろきをよしとす。肥濃甘美の味を多く用ひず。庖人の術も味かろきをよしとし良工とす。是からやまと風氣の大に異なる所なり。然れば補藥を小服にし、甘草を減じ棗を少し用ふる事、宜なり。
新字:一中夏の書、居家必用、居家必備、斉民要術、農政全書、月令広義等に、料理の法を多く載せたり。其載する所、日本の料理に大にかはり、皆肥濃膏腴油膩の具、甘美の饌なり。其食味甚おもし。中土の人は腸胃厚く、禀賦つよき故に、かゝる重味を食しても滞塞せず。今世、長崎に来る中夏人も亦如此と云ふ。日本の人は、壮盛にても、かやうの饌食をくらはば、飽満し滞塞して病おこるべし。日本の人の饌食は、淡くしてかろきをよしとす。肥濃甘美の味を多く用ひず。庖人の術も味かろきをよしとし良工とす。是からやまと風気の大に異なる所なり。然れば補薬を小服にし、甘草を減じ棗を少し用ふる事、宜なり。
書き下し
一中夏の書、居家必用、居家必備、斉民要術、農政全書、月令広義等に、料理の法を多く載せたり。其載する所、日本の料理に大にかはり、皆肥濃膏腴油膩の具、甘美の饌なり。其食味甚おもし。中土の人は腸胃厚く、禀賦つよき故に、かかる重味を食しても滞塞せず。今世、長崎に来る中夏人も亦如此と云ふ。日本の人は、壮盛にても、かやうの饌食をくらはば、飽満し滞塞して病おこるべし。日本の人の饌食は、淡くしてかろきをよしとす。肥濃甘美の味を多く用ひず。庖人の術も味かろきをよしとし良工とす。是からやまと風気の大に異なる所なり。然れば補薬を小服にし、甘草を減じ棗を少し用ふる事、宜なり。
現代語訳
中国の書物、『居家必用』『居家必備』『斉民要術』『農政全書』『月令広義』などに料理の法が多く載っています。その載せるところは日本の料理と大いに異なり、みな脂っこく濃厚な材料で、甘く美味なごちそうです。その味はたいへん重いものです。中国の人は胃腸が厚く、生まれつきが強いので、このような重い味を食べてもとどこおりません。今の世に長崎に来る中国人もまたこのようだといいます。日本の人は、壮健で盛んなときでも、このようなごちそうを食べれば、腹がいっぱいでとどこおって病がおこるでしょう。日本の人の食事は、淡くて軽いものをよしとします。脂っこく濃厚で甘い味を多く用いません。料理人の技も、味の軽いものをよしとし、それを上手とします。これが中国と日本の気風の大いに異なるところです。ですから、補薬を小さな分量にし、甘草を減らし、棗を少し用いるのは、もっともなことです。
解説
この章句が説くこと
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