養生訓 / 巻第七・用薬
一いかなる珍味も、これを煮る法ちがひて惡しければ、味あしし。良藥も、煎法ちがへば、驗なし。此の故に、藥を煎ずる法に、よく心を用ふべし。文火とは、やはらかなる火なり。武火とは、つよき火なり。文武火とは、强からず柔かならざる、よき加減の火なり。風寒を發散し、食滯を消導する類の剛劑を利藥と云ふ。利藥は、武火にてせんじて、はやく煮あげ、いまだ熟せざる時、生氣のつよきを服すべし。如此すれば、藥力つよくして、邪氣に勝ちやすし。久しく煎じて熟すれば、藥に生氣の力なくしてよわく、邪氣にかちがたし。補湯は、やはらかなる文火にて、ゆるやかに久しく煎じつめて、よく熟すべし。如此ならざれば、純補しがたし。こゝを以て、利藥は、生に宜しく、熟に宜しからず。補藥は、熟に宜しくして、生に宜しからず。知るべし、藥を煎ずるに、此二法あり。
新字:一いかなる珍味も、これを煮る法ちがひて悪しければ、味あしし。良薬も、煎法ちがへば、験なし。此の故に、薬を煎ずる法に、よく心を用ふべし。文火とは、やはらかなる火なり。武火とは、つよき火なり。文武火とは、強からず柔かならざる、よき加減の火なり。風寒を発散し、食滞を消導する類の剛剤を利薬と云ふ。利薬は、武火にてせんじて、はやく煮あげ、いまだ熟せざる時、生気のつよきを服すべし。如此すれば、薬力つよくして、邪気に勝ちやすし。久しく煎じて熟すれば、薬に生気の力なくしてよわく、邪気にかちがたし。補湯は、やはらかなる文火にて、ゆるやかに久しく煎じつめて、よく熟すべし。如此ならざれば、純補しがたし。こゝを以て、利薬は、生に宜しく、熟に宜しからず。補薬は、熟に宜しくして、生に宜しからず。知るべし、薬を煎ずるに、此二法あり。
書き下し
一いかなる珍味も、これを煮る法ちがひて悪しければ、味あしし。良薬も、煎法ちがへば、験なし。此の故に、薬を煎ずる法に、よく心を用ふべし。文火とは、やはらかなる火なり。武火とは、つよき火なり。文武火とは、強からず柔かならざる、よき加減の火なり。風寒を発散し、食滞を消導する類の剛剤を利薬と云ふ。利薬は、武火にてせんじて、はやく煮あげ、いまだ熟せざる時、生気のつよきを服すべし。如此すれば、薬力つよくして、邪気に勝ちやすし。久しく煎じて熟すれば、薬に生気の力なくしてよわく、邪気にかちがたし。補湯は、やはらかなる文火にて、ゆるやかに久しく煎じつめて、よく熟すべし。如此ならざれば、純補しがたし。ここを以て、利薬は、生に宜しく、熟に宜しからず。補薬は、熟に宜しくして、生に宜しからず。知るべし、薬を煎ずるに、此二法あり。
現代語訳
どんな珍味も、煮る法が違って悪ければ味が悪くなります。良薬も、煎じる法が違えば効き目がありません。ですから、薬を煎じる法によく心を用いるべきです。文火とはやわらかな火です。武火とは強い火です。文武火とは、強くもなくやわらかくもない、ほどよい加減の火です。風寒を発散させ、食べ物のとどこおりを消し導くたぐいの強い薬を利薬といいます。利薬は武火で煎じて早く煮上げ、まだ煮えきらないうちに、生気の強いところを飲むべきです。このようにすれば、薬の力が強くて邪気に勝ちやすいのです。長く煎じて煮えきると、薬に生気の力がなくなって弱く、邪気に勝ちにくいのです。補湯は、やわらかな文火でゆるやかに長く煎じつめて、よく煮えさせるべきです。そうでなければ純粋に補うことはむずかしいのです。ですから、利薬は生がよく熟はよくありません。補薬は熟がよく生はよくありません。知っておくべきです、薬を煎じるにはこの二つの法があります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第七・用薬一補薬を煎ずるには、かたき木かたき炭などのつよき火を用ふべからず。枯れたる蘆の火、枯竹、桑柴の火、或はけし炭など、一切のやはらかなる火よし。烈しく燃ゆる火を用ふれば、薬力を損ず。利薬を煎ずるには、かたき木かたき炭などの、熾なる強き火を用ふべし。是薬力をたすくるなり。
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『養生訓』巻第七・用薬一頤生微論に曰く、大抵散利の剤は生に宜しく、補養の剤は熟に宜し。入門に曰く、補湯は須く熟を用ふべし。利薬は生を嫌はず。此法、薬を煎ずる要訣なり。補湯は、久しく煎じて熟すれば、やはらかにして能く補ふ。利薬は、生気のつよきを用ひて、はげしく病邪をうつべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一薬一服の大小軽重は、病症により人の大小強弱によりて增減すべし。補湯は、小剤にして少しづつ服し、おそく効をとるべし。多く用ひ過せば滞りふさがる。発散瀉下疎通の利湯は、大剤にしてつよきに宜し、早く効をとるべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一補湯は、煎湯熱き時、少しづつ飲めばつかへず。少しづつ飲みて、ゆるやかに験を得べし。一時に多く服すべからず。補湯を服する間、殊に酒食を過さず、一切の停滞する物くらふべからず。酒食滞塞し、或は薬を服し過し、薬力めぐらざれば、気をふさぎ、腹中滞り、食を妨けて病をます。しるしなくして害あり。故に補薬を用ふる事、其節制むづかし。良医は、用ひやう能くして、なづまず。庸医は、用ひやうあしくして、滞る。古人は、補薬を用ふる其間に、邪を去る薬を兼ね用ふ。邪気去れば、補薬にちからあり。補に専一なれば、なづみて益なく、かへつて害あり。是、古人の説なり。
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『養生訓』巻第七・用薬大熱ありて渇する病には、其の宜に随ひて、多く用ふべし。補薬を煎ずるには、一盞に水を入るる事、盞の重さを除き、水の重さ五十匁より、五十五匁に至る。是亦、一般の大小に随ひて、水を增減すべし。虚人の薬小服なるには、水五十匁入る盞を用ふべし。壮人の薬、大服なるには、水五十五匁入る盞を用ふべし。一服に水二盞入れて、けし炭を用ひ、文火にてゆるやかに煎じつめて、一盞とし、滓には水一盞入れて、半盞にせんじ、前後合はせて一盞半となるを、少しづつ痞へざるやうに、空腹に三四度に熱服す。補湯は、一日に一服、若しつかへやすき人は、人により、朝夕は飲みがたし。昼夜二度のむ。短日は、二度はつかへて服しがたき人あり。病人によるべし。つかへざる人には、朝夕昼間一日一服、猶其の上も服すべし。食滞あらば、補湯飲むべからず、食滞めぐりて後飲むべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一利薬は、大服にして、武火にて早く煎じ、多くのみて、速に効をとるべし。然らざれば、邪去りがたし。局方曰、補薬は、水を多くして煎じ、熟服して効をとる。一凡、丸薬は、性尤やはらかに、其功鈍くして鋭ならず。下部に達する薬、又腸胃の積滞をやぶるによし。散薬は、細末せる粉薬なり。丸薬よりするどなり。経絡にはめぐりがたし。上部の病、又腸胃の間の病によし。煎湯は、散薬より其功するどなり。上中下腸胃経絡にめぐる。泡薬は、煎湯より猶するどなり。外邪、霍乱、食傷、腹痛に用ふべし。其功早し。
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