養生訓 / 巻第七・用薬
一藥肆の藥に、好否あり、眞僞あり、心を用ひてえらぶべし。性あしきと僞藥とを用ふべからず。僞藥とは、眞ならざる似せ藥なり。狗橘を枳殼とし、鷄腿兒を柴胡とするの類なり。又藥の良否に心を用ふべし。其病に宜しき良方といへども、藥性あしければ、功なし。又藥の製法に心を用ふべし。藥性よけれども、修治法に背けば、能なし。たとへば、食物も、其の土地により、時節につきて、味のよしあしあり。又よき品物も、料理あしければ、味なくして食はれざるが如し。こゝを以て、其の藥性のよきをえらび用ひ、其製法をくはしくすべし。
新字:一薬肆の薬に、好否あり、真偽あり、心を用ひてえらぶべし。性あしきと偽薬とを用ふべからず。偽薬とは、真ならざる似せ薬なり。狗橘を枳殼とし、鶏腿児を柴胡とするの類なり。又薬の良否に心を用ふべし。其病に宜しき良方といへども、薬性あしければ、功なし。又薬の製法に心を用ふべし。薬性よけれども、修治法に背けば、能なし。たとへば、食物も、其の土地により、時節につきて、味のよしあしあり。又よき品物も、料理あしければ、味なくして食はれざるが如し。こゝを以て、其の薬性のよきをえらび用ひ、其製法をくはしくすべし。
書き下し
一薬肆の薬に、好否あり、真偽あり、心を用ひてえらぶべし。性あしきと偽薬とを用ふべからず。偽薬とは、真ならざる似せ薬なり。狗橘を枳殼とし、鶏腿児を柴胡とするの類なり。又薬の良否に心を用ふべし。其病に宜しき良方といへども、薬性あしければ、功なし。又薬の製法に心を用ふべし。薬性よけれども、修治法に背けば、能なし。たとへば、食物も、其の土地により、時節につきて、味のよしあしあり。又よき品物も、料理あしければ、味なくして食はれざるが如し。ここを以て、其の薬性のよきをえらび用ひ、其製法をくはしくすべし。
現代語訳
薬屋の薬には良し悪しがあり、本物と偽物があるので、心を用いて選ぶべきです。性質の悪いものと偽の薬とを用いてはいけません。偽の薬とは、本物でない似せ薬です。からたちの実を枳殻とし、鶏腿児を柴胡とするようなたぐいです。また薬の良し悪しに心を用いるべきです。その病によい処方であっても、薬の質が悪ければ効き目がありません。また薬の製法に心を用いるべきです。薬の質がよくても、修治(下ごしらえ)の法にそむけば効能がありません。たとえば食物も、その土地により、時節によって味の良し悪しがあります。またよい品物でも、料理が悪ければ味がなくて食べられないのと同じです。ですから、質のよい薬を選んで用い、その製法を詳しくすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第七・用薬一孫思邈曰く、人故なくんば薬を餌ふべからず。偏に助くれば、蔵気不平にして、病生ず。一劉仲達が鴻書に、疾あつて、もし明医なくば、薬をのまず、只病のいゆるを静にまつべし。身を愛し過し、医の良否をえらばずして、みだりに早く薬を用ふる事なかれ。古人、病あれども治せざるは中医を得ると云ふ。此言至論なり、といへり。庸医の薬は、病に応ずる事は少く、応ぜざる事多し。薬は皆偏性ある物なれば、其病に応ぜざれば必ず毒となる。此故に、一切の病に、みだりに薬を服すべからず。病の災より薬の災多し。薬を用ひずして、養生を慎みてよくせば、薬の害なくして、癒えやすかるべし。一良医の薬を用ふるは、臨機応変とて、病人の寒熱虚実の機にのぞみ、其の時の変に応じて、宜に従ふ、必ず一法に拘らず。
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『養生訓』巻第七・用薬一人身、病なき事あたはず、病あれば、医をまねきて治を求む。医に、上中下の三品あり。上医は病を知り、脈を知り、薬を知る。此の三知を以て、病を治して十全の功あり。まことに世の宝にして、其功良相に次げる事、古人の言のごとし。下医は、三知の力なし。妄に薬を投じて、人をあやまる事多し。それ薬は、補瀉寒熱の良毒の気偏なり。其の気の偏を用ひて病をせむる故に、参耆の上薬をも妄に用ふべからず。其の病に応ずれば、良薬とす、必ず験あり。其の病に応ぜざれば毒薬とす。ただ益なきのみならず、また人に害あり。又、中医あり、病と脈と薬を知る事、上医に及ばずといへども、薬は皆気の偏にして、妄に用ふべからざる事を知る。故に、其病に応ぜざる薬を与へず。
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『養生訓』巻第七・用薬一又曰、薬を煎ずるに砂罐を用ふべし。やきものなべなり。又曰人をえらぶべし。いふ意は、心謹信なる人に煎じさせてよしとなり。粗率なる者に任すべからず。一薬を服するに、五蔵四肢に達するには湯を用ふ。胃中にとどめんとせば散を用ふ。下部の病には丸に宜し。急速の病ならば湯を用ふ。緩々なるには散を用ふ。甚緩き症には丸薬に宜し。食傷腹痛などの急病には、煎湯を用ふ。散薬も可なり、丸薬はにぶし。もし用ひば、細に噛くだきて用ふべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一補薬は、滞塞しやすし。滞塞すれば害あり、益なし、利薬を服するより、心を用ふべし。もし、大剤にして気塞がらば、小剤にすべし。或は、棗を去り、生姜を增すべし。補中益気湯などの、つかへて用ひがたきには、乾姜肉桂を加ふべき由、薛立斎が医案にいへり。又、症により、附子肉桂を少し加へ、升麻柴胡を用ふるに、二薬ともに火を忌めども、酒にて炒り用ふ。これ正伝或問の説なり。又升麻柴胡を去りて、桂姜を加ふる事あり。李時珍も、補薬に少し附子を加ふれば、其功鋭なりといへり。虚人の熱なき症に、薬力をめぐらさん為ならば、一服に五厘か一匁加ふべし。然れども、病症によるべし。壮人には忌むべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一今ひそかにおもんぱかるに、利薬は、一服の分量、一匁五分より以上二匁に至るべし。其の間の軽重は、人の大小強弱によりて增減すべし。一補薬一服の分量は、一匁より一匁五分に至るべし。補薬痞へやすき人は、一服一匁、或は、一匁二分なるべし。是亦、人の大小強弱によりて增減すべし。又攻補兼ね用ふる薬方あり。一服一匁二三分より、一匁七八分にいたるべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一頤生微論に曰く、大抵散利の剤は生に宜しく、補養の剤は熟に宜し。入門に曰く、補湯は須く熟を用ふべし。利薬は生を嫌はず。此法、薬を煎ずる要訣なり。補湯は、久しく煎じて熟すれば、やはらかにして能く補ふ。利薬は、生気のつよきを用ひて、はげしく病邪をうつべし。
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