導師導古典を学びたいすべての人に

養生訓 / 巻第六・択医

一凡醫となる者は、先儒書をよみ、文義に通ずべし。文義に通ぜざれば、醫書をよむ力なくして、醫學成りがたし。又經傳の義理に通ずれば、醫術の義理を知りやすし。故に孫思邈曰、凡爲大醫、先須通儒書。又曰、不知易、不可以爲醫。此言信ずべし。諸藝を學ぶに、皆文學を本とすべし。文學なければ、わざ熟しても、理にくらく、術ひきし。僻事多けれど、無學にしては我があやまりを知らず。醫を學ぶに、殊に文學を基とすべし。文學なければ醫書をよみがたし。醫道は陰陽五行の理なる故、儒學のちから、易の理を以て、醫道を明むべし。然らざれば醫書をよむ力なくして、醫道を知りがたし。

新字:一凡医となる者は、先儒書をよみ、文義に通ずべし。文義に通ぜざれば、医書をよむ力なくして、医学成りがたし。又経伝の義理に通ずれば、医術の義理を知りやすし。故に孫思邈曰、凡為大医、先須通儒書。又曰、不知易、不可以為医。此言信ずべし。諸芸を学ぶに、皆文学を本とすべし。文学なければ、わざ熟しても、理にくらく、術ひきし。僻事多けれど、無学にしては我があやまりを知らず。医を学ぶに、殊に文学を基とすべし。文学なければ医書をよみがたし。医道は陰陽五行の理なる故、儒学のちから、易の理を以て、医道を明むべし。然らざれば医書をよむ力なくして、医道を知りがたし。

書き下し

一凡医となる者は、先儒書をよみ、文義に通ずべし。文義に通ぜざれば、医書をよむ力なくして、医学成りがたし。又経伝の義理に通ずれば、医術の義理を知りやすし。故に孫思邈曰く、凡そ大医と為るには、先づ須く儒書に通ずべし。又曰く、易を知らざれば、以て医と為るべからず。此言信ずべし。諸芸を学ぶに、皆文学を本とすべし。文学なければ、わざ熟しても、理にくらく、術ひきし。僻事多けれど、無学にしては我があやまりを知らず。医を学ぶに、殊に文学を基とすべし。文学なければ医書をよみがたし。医道は陰陽五行の理なる故、儒学のちから、易の理を以て、医道を明むべし。然らざれば医書をよむ力なくして、医道を知りがたし。

現代語訳

およそ医者になる者は、まず儒学の書を読み、文章の意味に通じるべきです。文章の意味に通じなければ、医書を読む力がなく、医学は成りがたいものです。また経書や伝の道理に通じれば、医術の道理を知りやすくなります。ですから孫思邈は、「およそ大医となるには、まず儒書に通じなければならない」と言い、また「易を知らなければ、医者となることはできない」と言いました。この言葉は信ずべきです。さまざまな技芸を学ぶには、みな学問を本とすべきです。学問がなければ、技は熟練しても道理に暗く、術は低いものです。間違ったことが多いのに、無学では自分の誤りを知りません。医を学ぶには、とくに学問を基とすべきです。学問がなければ医書は読めません。医道は陰陽五行の理なので、儒学の力と易の理によって医道を明らかにすべきです。そうでなければ医書を読む力がなく、医道を知ることはできません。

解説

医学の土台に儒学と学問を置くべきだと説いた条です。孫思邈の「大医となるには先ず儒書に通ずべし」「易を知らずんば医と為るべからず」という言葉を引き、文章を読む力と物事の道理を知る力がなければ医学は成り立たないと述べています。学問がなければ技は熟しても理に暗く、自分の誤りにも気づけないという指摘は、あらゆる専門職に当てはまります。技術の習得だけでなく、基礎となる教養と考える力を養うことの大切さを教えてくれます。

この章句が説くこと

学問医学儒学易教養

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る