養生訓 / 巻第五・洗浴
日數は七日二七日なるべし。是を俗に一廻二廻と云ふ。溫泉をのむべからず、毒あり。金瘡の治のため湯治して疵癒えんとす。然るに溫泉の相應せるを悅んで、飮まばいよいよ早くいえんと思ひて飮みたりしが、疵大にやぶれて死せり。
新字:日数は七日二七日なるべし。是を俗に一廻二廻と云ふ。温泉をのむべからず、毒あり。金瘡の治のため湯治して疵癒えんとす。然るに温泉の相応せるを悦んで、飲まばいよいよ早くいえんと思ひて飲みたりしが、疵大にやぶれて死せり。
書き下し
日数は七日二七日なるべし。是を俗に一廻二廻と云ふ。温泉をのむべからず、毒あり。金瘡の治のため湯治して疵癒えんとす。然るに温泉の相応せるを悦んで、飲まばいよいよ早くいえんと思ひて飲みたりしが、疵大にやぶれて死せり。
現代語訳
日数は七日か十四日がよいでしょう。これを世間では一廻り・二廻りといいます。温泉の湯を飲んではいけません、毒があります。刀傷の治療のために湯治をして、傷が治りかけていた人がいました。ところが温泉がよく合ったのを喜んで、飲めばいっそう早く治るだろうと思って飲んだところ、傷が大きく破れて死んでしまいました。
解説
湯治の日数の目安と、温泉を飲むことの危険を実例で示した単位です。湯治は七日を一廻りとして一、二廻りほどとし、湯を飲むことは戒めています。刀傷が治りかけた人が、湯がよく効くのを喜んで飲んだところ、傷が破れて死んだという話は、よいものなら多いほどよいと考える心の危うさをよく示しています。効き目があると感じたときほど欲張らず、決められた範囲を守ることが大切だという教えは、薬やサプリメントの使い方にも通じるものです。
この章句が説くこと
湯治温泉節度過ち養生
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