養生訓 / 巻第四・飲酒
一五湖漫聞といへる書に、多く長壽の人の姓名と年數を載せて、其人皆至老不衰、問之皆不飮酒といへり。今わが里の人を試みるに、すぐれて長命の人、十人に九人は皆不飮酒人なり。酒を多く飮む人の長命なるはまれなり。酒は半醉に飮めば長生の藥となる。
新字:一五湖漫聞といへる書に、多く長寿の人の姓名と年数を載せて、其人皆至老不衰、問之皆不飲酒といへり。今わが里の人を試みるに、すぐれて長命の人、十人に九人は皆不飲酒人なり。酒を多く飲む人の長命なるはまれなり。酒は半酔に飲めば長生の薬となる。
書き下し
一五湖漫聞といへる書に、多く長寿の人の姓名と年数を載せて、其人皆老に至りて衰へず、之に問へば皆酒を飲まずといへり。今わが里の人を試みるに、すぐれて長命の人、十人に九人は皆酒を飲まざる人なり。酒を多く飲む人の長命なるはまれなり。酒は半酔に飲めば長生の薬となる。
現代語訳
『五湖漫聞』という書物に、多くの長寿の人の姓名と年齢を載せて、「その人たちはみな老いても衰えず、尋ねてみるとみな酒を飲まなかった」とあります。今わが郷里の人を調べてみると、とりわけ長命な人は、十人のうち九人までがみな酒を飲まない人です。酒を多く飲む人で長命なのはまれです。酒は半ば酔う程度に飲めば長生きの薬となります。
解説
長寿と飲酒の関係を、書物の記録と身近な人々の観察の両方から確かめた条です。頭注によれば『五湖漫聞』は明の張本斯の著で、百歳を超えた人々の名が挙がっています。益軒はそれを鵜呑みにせず、自分の郷里の長命な人を数えて十人中九人が酒を飲まないと確かめており、実証を重んじる姿勢がよく表れています。そのうえで酒を全否定せず、半酔なら長生の薬になると結ぶ均衡のとれた結論は、今の私たちにも受け入れやすいものです。
この章句が説くこと
長寿酒観察節度養生
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