養生訓 / 巻第四・飲食下
一病人の甚食せん事をねがふ物あり。くらひて害になる食物、又冷水などは願に任せがたし。然れども、病人のきはめてねがふ物を、のんどにのみ入れずして、口舌に味ははしめてその願を達するも、志を養ふ養生の一術なり。およそ飮食を味はひて知るは舌なり、のんどにあらず。口中に嚙みて、しばしふくみ、舌に味はひて後は、のんどにのみこむも、口に吐き出すも、味を知る事は同じ。穀肉美酒は、腹に入りて臟腑を養ふ。此外の食は養のためにあらず。のんどに呑まず、腹に入らずとも有りなん。食して身に害ある食物といへど、のんどに入れずして口に吐き出せば害なし。冷水も同じ。久しく口にふくみて、舌にこゝろみ、吐き出せば害なし。水をふくめば、口中の熱を去り、牙齒を堅くす。然れども、むさぼり多くして、つゝしまざる人には、此法は用ひがたし。
新字:一病人の甚食せん事をねがふ物あり。くらひて害になる食物、又冷水などは願に任せがたし。然れども、病人のきはめてねがふ物を、のんどにのみ入れずして、口舌に味ははしめてその願を達するも、志を養ふ養生の一術なり。およそ飲食を味はひて知るは舌なり、のんどにあらず。口中に噛みて、しばしふくみ、舌に味はひて後は、のんどにのみこむも、口に吐き出すも、味を知る事は同じ。穀肉美酒は、腹に入りて臓腑を養ふ。此外の食は養のためにあらず。のんどに呑まず、腹に入らずとも有りなん。食して身に害ある食物といへど、のんどに入れずして口に吐き出せば害なし。冷水も同じ。久しく口にふくみて、舌にこゝろみ、吐き出せば害なし。水をふくめば、口中の熱を去り、牙歯を堅くす。然れども、むさぼり多くして、つゝしまざる人には、此法は用ひがたし。
書き下し
一病人の甚食せん事をねがふ物あり。くらひて害になる食物、又冷水などは願に任せがたし。然れども、病人のきはめてねがふ物を、のんどにのみ入れずして、口舌に味ははしめてその願を達するも、志を養ふ養生の一術なり。およそ飲食を味はひて知るは舌なり、のんどにあらず。口中に噛みて、しばしふくみ、舌に味はひて後は、のんどにのみこむも、口に吐き出すも、味を知る事は同じ。穀肉美酒は、腹に入りて臓腑を養ふ。此外の食は養のためにあらず。のんどに呑まず、腹に入らずとも有りなん。食して身に害ある食物といへど、のんどに入れずして口に吐き出せば害なし。冷水も同じ。久しく口にふくみて、舌にこころみ、吐き出せば害なし。水をふくめば、口中の熱を去り、牙歯を堅くす。然れども、むさぼり多くして、つつしまざる人には、此法は用ひがたし。
現代語訳
病人がひどく食べたがる物があります。食べると害になる食物や冷水などは、願いのままにさせるわけにはいきません。けれども、病人がとても欲しがる物を、のどに飲み込ませずに口と舌で味わわせて、その願いをかなえてやるのも、志を養う養生の一つの方法です。およそ飲食を味わって知るのは舌であって、のどではありません。口の中でかんで、しばらく含み、舌で味わった後は、のどに飲み込んでも口から吐き出しても、味を知ることは同じです。穀物や肉や良い酒は、腹に入って臓腑を養います。そのほかの食物は養いのためのものではありません。のどに飲み込まず腹に入らなくてもよいでしょう。食べると体に害のある食物でも、のどに入れずに口から吐き出せば害はありません。冷水も同じです。長く口に含んで舌で試し、吐き出せば害はありません。水を含めば、口の中の熱を去り、歯を丈夫にします。けれども、欲が深くて慎まない人には、この方法は用いにくいでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
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論語・里仁篇子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
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史記 刺客列伝高漸離名姓を変じて人の庸保と為り、宋子に匿れ作す。之を久しくして、作苦しく、其の家の堂上に客の筑を撃つを聞き、傍偟して去る能はず。毎に言を出だして曰く、「彼に善有り善ならざる有り」と。従者以て其の主に告げて曰く、「彼の庸は乃ち音を知り、竊かに是非を言ふ」と。家の丈人召して前に筑を撃たしむ。一坐善しと称し、酒を賜ふ。而して高漸離、久しく隠れて畏約すること窮まる時無きを念ひ、乃ち退きて、其の装匣の中の筑と其の善衣とを出だし、容貌を更めて前む。坐を挙げて客皆驚き、下りて与に抗礼し、以て上客と為す。筑を撃ちて歌はしむ。客流涕して去らざる者無し。宋子伝へて之を客とし、秦の始皇に聞こゆ。秦の始皇召し見る。人識る者有りて、乃ち曰く、「高漸離なり」と。秦の皇帝其の善く筑を撃つを惜しみ、重ねて之を赦し、乃ち其の目を矐す。筑を撃たしむるに、未だ嘗て善しと称せずんばあらず。稍く益々之に近づく。高漸離乃ち鉛を以て筑の中に置き、復た進みて近づくを得、筑を挙げて秦の皇帝を樸つ。中らず。是に於て遂に高漸離を誅し、身を終ふるまで復た諸侯の人に近づかず。魯句践已に荊軻の秦王を刺せしを聞き、私かに曰く、「嗟乎、惜しいかな其の刺剣の術を講ぜざりしや。甚だしいかな吾の人を知らざるや。曩者吾之を叱す。彼乃ち我を以て人に非ずと為せしならん」と。太史公曰く、世に荊軻を言ふに、其の太子丹の命を称して、「天粟を雨らし、馬角を生ず」とするや、太だ過ぎたり。又荊軻秦王を傷つくと言ふも、皆非なり。始め公孫季功・董生、夏無且と游び、具に其の事を知り、余の為に之を道ふこと是の如し。曹沫より荊軻に至るまで五人、此れ其の義或いは成り或いは成らず。然れども其の意を立つること較然として、其の志を欺かず、名後世に垂る。豈に妄ならんや。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「名を好むの人は、能く千乘の國を讓る。苟くも其の人に非ざれば、簞食豆羹も色に見わる。」
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