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養生訓 / 巻第三・飲食上

一聖人其醬を得ざれば食ひ給はず。是養生の道なり。醬とはひしほにあらず、其物にくはふべきあはせ物なり。今こゝにていはば、鹽酒醬油、酢蓼、生薑、わさび、胡椒芥子、山椒など、各其食物に宜しき加へ物あり。これを加ふるは、其毒を制するなり。只其味のそなはりてよからん事をこのむにあらず。

新字:一聖人其醬を得ざれば食ひ給はず。是養生の道なり。醬とはひしほにあらず、其物にくはふべきあはせ物なり。今こゝにていはば、塩酒醬油、酢蓼、生薑、わさび、胡椒芥子、山椒など、各其食物に宜しき加へ物あり。これを加ふるは、其毒を制するなり。只其味のそなはりてよからん事をこのむにあらず。

書き下し

一聖人其醬を得ざれば食ひ給はず。是養生の道なり。醬とはひしほにあらず、其物にくはふべきあはせ物なり。今ここにていはば、塩酒醬油、酢蓼、生薑、わさび、胡椒芥子、山椒など、各其食物に宜しき加へ物あり。これを加ふるは、其毒を制するなり。只其味のそなはりてよからん事をこのむにあらず。

現代語訳

聖人はその醤(ひしお)を得なければ食べられませんでした。これは養生の道です。醤とは、ここでは「ひしお」ではなく、その物に加えるべき合わせ物のことです。今ここでいえば、塩・酒・醤油・酢・蓼・生姜・わさび・胡椒・芥子・山椒など、それぞれその食べ物に合う加え物があります。これを加えるのは、その毒を制するためです。ただその味が整ってよくなることを好むのではありません。

解説

論語郷党篇の「其の醤を得ざれば食はず」を取り上げ、その意味を養生の立場から説いた条です。益軒は、醤を単なる調味料ではなく、それぞれの食べ物に合わせるべき「あはせ物」と解し、生姜やわさび、山椒などを加えるのは味のためだけでなく毒を制するためだと言います。刺身にわさび、魚に生姜を添えるのは、臭みを消し食あたりを防ぐ昔からの知恵でもあります。薬味の役割を健康の面から見直すと、日々の料理の工夫に新しい意味が見えてきます。

この章句が説くこと

論語薬味調味毒養生

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