養生訓 / 巻第四・飲食下
一一切の食、陰氣の鬱滯せる物は毒あり、食ふべからず。鄕黨篇にいへる、聖人の食し給はざる物、皆陽氣を失ひて、陰物となれるなり。穀肉など、ふたをして時を經たるは、陰鬱の氣にて味を變ず。魚鳥の肉など、久しく時をへたる、又鹽につけて久しくして色臭味變ず。是皆陽氣を失へるなり。菜蔬など、久しければ生氣を失ひて、味變ず。如此なるは皆陰物なり、腸胃に害あり。又害なきも補養をなさず。水など新に汲むは、陽氣さかんにて生氣あり。久しきを歷れば、陰物となり、生氣を失ふ。一切の飮食、生氣を失ひて、味と臭と色と少しにてもかはりたるは、食ふべからず。干して色かはりたると、鹽に浸して不損とは陰物にあらず、食ふに害なし。然れども乾物の氣のぬけたると、鹽藏の久しくして、色臭味變じたるも、皆陰物なり、食ふべからず。
新字:一一切の食、陰気の鬱滞せる物は毒あり、食ふべからず。郷党篇にいへる、聖人の食し給はざる物、皆陽気を失ひて、陰物となれるなり。穀肉など、ふたをして時を経たるは、陰鬱の気にて味を変ず。魚鳥の肉など、久しく時をへたる、又塩につけて久しくして色臭味変ず。是皆陽気を失へるなり。菜蔬など、久しければ生気を失ひて、味変ず。如此なるは皆陰物なり、腸胃に害あり。又害なきも補養をなさず。水など新に汲むは、陽気さかんにて生気あり。久しきを歴れば、陰物となり、生気を失ふ。一切の飲食、生気を失ひて、味と臭と色と少しにてもかはりたるは、食ふべからず。干して色かはりたると、塩に浸して不損とは陰物にあらず、食ふに害なし。然れども乾物の気のぬけたると、塩蔵の久しくして、色臭味変じたるも、皆陰物なり、食ふべからず。
書き下し
一一切の食、陰気の鬱滞せる物は毒あり、食ふべからず。郷党篇にいへる、聖人の食し給はざる物、皆陽気を失ひて、陰物となれるなり。穀肉など、ふたをして時を経たるは、陰鬱の気にて味を変ず。魚鳥の肉など、久しく時をへたる、又塩につけて久しくして色臭味変ず。是皆陽気を失へるなり。菜蔬など、久しければ生気を失ひて、味変ず。如此なるは皆陰物なり、腸胃に害あり。又害なきも補養をなさず。水など新に汲むは、陽気さかんにて生気あり。久しきを歴れば、陰物となり、生気を失ふ。一切の飲食、生気を失ひて、味と臭と色と少しにてもかはりたるは、食ふべからず。干して色かはりたると、塩に浸して不損とは陰物にあらず、食ふに害なし。然れども乾物の気のぬけたると、塩蔵の久しくして、色臭味変じたるも、皆陰物なり、食ふべからず。
現代語訳
すべての食物のうち、陰気がこもってとどこおったものには毒があり、食べてはいけません。『論語』郷党篇にいう、聖人(孔子)が召し上がらなかった物は、みな陽気を失って陰物となったものです。穀物や肉などで、ふたをして時間がたったものは、陰鬱の気によって味が変わります。魚や鳥の肉などで長く時を経たもの、また塩に漬けて長くなって色や臭いや味が変わったもの、これらはみな陽気を失ったものです。野菜なども、時がたてば生気を失って味が変わります。このようなものはみな陰物であり、胃腸に害があります。また害がなくても滋養にはなりません。水なども、新しく汲んだものは陽気が盛んで生気がありますが、時がたつと陰物となり、生気を失います。あらゆる飲食物は、生気を失って味・臭い・色が少しでも変わったものは食べてはいけません。干して色が変わったものと、塩に漬けて傷んでいないものとは陰物ではなく、食べても害はありません。けれども、乾物で香りの抜けたものや、塩蔵品で長くたって色や臭いや味が変わったものも、みな陰物であり、食べてはいけません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第四・飲食下一凡の人、食ふべからざる物。生冷の物、堅硬の物、未熟物、ねばき物、ふるくして気味の変じたる物、製法心に叶はざる物、塩からき物、酢の過ぎたる物、飪を失へる物、臭悪しき物、色悪しき物、味変じたる物、魚餒れ肉敗れたる、豆腐の日を歴たると味あしきと、飪を失へると冷えたると、索麪に油あると、諸品煮て未熟と、有灰酒、酸味ある酒、いまだ時ならずして熟せざる物、すでに時過ぎたる物、食ふべからず。夏月、雉食ふべからず。魚鳥の皮こはき物、脂多き物、甚なまぐさき物、諸魚二目同じからざる物、腹下に丹の字ある物、諸鳥みづから死して足伸びざる物、諸獣毒箭にあたりたる物、諸鳥毒をくらつて死したる物、肉の脯、屋漏水にぬれたる物、米器の内に入れ置きたる物、肉汁を器に入れ置きて気をとぢたる物、皆毒あり。肉脯、幷に塩に漬けたる肉、夏を歴て臭味あしき、皆食ふべからず。
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『養生訓』巻第三・飲食上一生魚味をよく調へて食すれば、生気ある故、早く消化しやすくしてつかへず、煮過し、又はほして油多き肉、或は塩につけて久しき肉は、皆生気なき陰物なり。滞りやすし。此理を知らで、生魚より塩蔵をよしとすべからず。
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『養生訓』巻第三・飲食上晩食に飣の数多きは宜しからず。飣多く食ふべからず。魚鳥などの味の濃くあぶら有りて重き物、夕食にあしし。菜類も、薯蕷、胡蘿蔔、菘菜、芋根、慈姑などの如き、滞りやすく、気をふさぐ物、晩食に多く食ふべからず。食はざるは尤よし。一飯のすえり、魚のあざれ、肉のやぶれたる、色のあしき物、臭のあしき物、にえばなをうしなへる物くらはず。朝夕の食時にあらずんば、くらふべからず。又早くしていまだ熟せず、或はいまだ生ぜざる物、根を掘りとりて、芽だちをくらふの類、又時過ぎてさかりを失へる物、皆時ならざる物なり。くらふべからず。是論語にのする所、聖人の食し給はざる物なり。聖人身を慎み給ふ養生の一事なり、法とすべし。又肉は多けれども、飯の気に勝たしめずといへり。肉を多く食ふべからず。食は飯を本とす。何の食も飯より多かるべからず。
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『養生訓』巻第三・飲食上一食は身をやしなふ物なり。身を養ふ物を以て、かへつて身をそこなふべからず。故に、凡食物は、性よくして身をやしなふに益ある物を、つねにえらんで食ふべし。益なくして損ある物、味よしとても食ふべからず。温補して気をふさがざる物は益あり。生冷にして瀉下し、気をふさぎ腹はる物、辛くして熱ある物、皆損あり。
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『養生訓』巻第三・飲食上一諸の食物、皆あたらしき生気ある物をくらふべし。ふるくして臭あしく、色も味もかはりたる物、皆気をふさぎて滞りやすし。くらふべからず。一すける物は、脾胃のこのむ所なれば、補となる。李笠翁も、本性甚すける物は薬にあつべしといへり。尤此理あり。されど、すけるままに多食すれば、必ずやぶられ、好まざる物を少し食ふにおとる。好む物を少し食はば益あるべし。
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『養生訓』巻第三・飲食上一清き物、かうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、此五の物をこのんで食ふべし。益ありて損なし。是に反する物食ふべからず。此事もろこしの書にも見えたり。一衰病虚弱の人は、つねに魚鳥の肉を味よくして、少しづつ食ふべし。参芪の補にまされり。性よき生魚を烹炙よくすべし。塩つけて一両日過ぎたる、尤よし。久しければ味よからず、且滞りやすし。生魚の肉、豉につけたるを炙り煮て食ふもよし。夏月は久しくたもたず。
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