養生訓 / 巻第三・飲食上
一飮食の内、飯は飽かざれば飢を助けず。あつものは飯を和せんためなり。肉はあかずしても不足なし。少し食つて食をすゝめ、氣を養ふべし。菜は穀肉の足らざるを助けて、消化しやすし。皆其食すべき理あり。然れ共多かるべからず。
新字:一飲食の内、飯は飽かざれば飢を助けず。あつものは飯を和せんためなり。肉はあかずしても不足なし。少し食つて食をすゝめ、気を養ふべし。菜は穀肉の足らざるを助けて、消化しやすし。皆其食すべき理あり。然れ共多かるべからず。
書き下し
一飲食の内、飯は飽かざれば飢を助けず。あつものは飯を和せんためなり。肉はあかずしても不足なし。少し食つて食をすすめ、気を養ふべし。菜は穀肉の足らざるを助けて、消化しやすし。皆其食すべき理あり。然れ共多かるべからず。
現代語訳
飲食の中で、飯は飽きるほど食べなければ飢えを助けません。汁物は飯を食べやすく和らげるためのものです。肉は飽きるほど食べなくても不足はありません。少し食べて食欲を進め、気を養いなさい。野菜は穀物や肉の足りないところを助けて、消化しやすくします。みなそれぞれ食べるべき理由があります。けれども多すぎてはいけません。
解説
飯・汁・肉・野菜の役割を簡潔に整理した条です。飯は飢えを満たす主食、汁は飯を和らげる助け、肉は少しで食欲を進め気を養うもの、野菜は穀や肉の不足を補い消化を助けるものと、それぞれの位置づけがはっきりしています。主食をしっかり取り、肉は少し、野菜で補うという組み立ては、主食・主菜・副菜をそろえるという今の食事の基本形とよく似ています。どれにも役目があるが多すぎてはいけないという結びも、バランスと量の両方を大切にする考えです。
この章句が説くこと
飯肉野菜養生バランス
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