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養生訓 / 巻第二・総論下

一凡の事、十分によからんことを求むれば、わが心のわづらひとなりて樂なし。禍も是より起る。又人の我に十分によからん事を求めて、人の足らざるを怒り咎れば、心のわづらひとなる。又日用の飮食、衣服、器物、家居、草木の品々も、皆美をこのむべからず。いさゝかよければ事足りぬ。十分によからん事を好むべからず。是皆わが氣を養ふ工夫なり。

新字:一凡の事、十分によからんことを求むれば、わが心のわづらひとなりて楽なし。禍も是より起る。又人の我に十分によからん事を求めて、人の足らざるを怒り咎れば、心のわづらひとなる。又日用の飲食、衣服、器物、家居、草木の品々も、皆美をこのむべからず。いさゝかよければ事足りぬ。十分によからん事を好むべからず。是皆わが気を養ふ工夫なり。

書き下し

一凡の事、十分によからんことを求むれば、わが心のわづらひとなりて楽なし。禍も是より起る。又人の我に十分によからん事を求めて、人の足らざるを怒り咎れば、心のわづらひとなる。又日用の飲食、衣服、器物、家居、草木の品々も、皆美をこのむべからず。いささかよければ事足りぬ。十分によからん事を好むべからず。是皆わが気を養ふ工夫なり。

現代語訳

およそ何事も、十分によくあることを求めれば、自分の心の煩いとなって楽しみがありません。災いもここから起こります。また他人に対して十分によくあることを求めて、人の足りないところを怒りとがめれば、心の煩いとなります。また日用の飲食、衣服、器物、住まい、草木の品々も、みな美しいものを好んではいけません。少しよければ事足ります。十分によいことを好んではいけません。これはみな自分の気を養う工夫です。

解説

何事にも完璧を求めると心が煩い、楽しみが失われ、災いのもとになると説いています。自分の持ち物にも他人にも「十分」を求めず、「いささかよければ事足りぬ」と満足することが気を養う工夫だとします。完璧主義は心身をすり減らす、という指摘は今の心理学にも通じます。部下や家族に完璧を求めて苛立つ前に、少しよければよしとする寛容さを持つこと。それが自分の心の平安にも、周りとの関係にもよい影響を与えるのです。

この章句が説くこと

知足完璧主義気心寛容

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