養生訓 / 巻第二・総論下
一世の人を多く見るに、生れつきて短命なる形相ある人は稀なり。長壽を生れつきたる人も、養生の術を知らで行はざれば、生れつきたる天年をたもたず。たとへば、彭祖といへど、刀にてのどぶえを斷たば、などか死なざるべきや。今の人の、欲を恣にして生をそこなふは、たとへば自のどぶえを斷つが如し。のどぶえを斷ちて死ぬると、養生せず欲を恣にして死ぬると、おそきと早きとのかはりはあれど、自害する事は同じ。氣つよく長命なるべき人も、氣を養はざれば、必ず命みじかくして、天年を保たず。是自害するなり。
新字:一世の人を多く見るに、生れつきて短命なる形相ある人は稀なり。長寿を生れつきたる人も、養生の術を知らで行はざれば、生れつきたる天年をたもたず。たとへば、彭祖といへど、刀にてのどぶえを断たば、などか死なざるべきや。今の人の、欲を恣にして生をそこなふは、たとへば自のどぶえを断つが如し。のどぶえを断ちて死ぬると、養生せず欲を恣にして死ぬると、おそきと早きとのかはりはあれど、自害する事は同じ。気つよく長命なるべき人も、気を養はざれば、必ず命みじかくして、天年を保たず。是自害するなり。
書き下し
一世の人を多く見るに、生れつきて短命なる形相ある人は稀なり。長寿を生れつきたる人も、養生の術を知らで行はざれば、生れつきたる天年をたもたず。たとへば、彭祖といへど、刀にてのどぶえを断たば、などか死なざるべきや。今の人の、欲を恣にして生をそこなふは、たとへば自のどぶえを断つが如し。のどぶえを断ちて死ぬると、養生せず欲を恣にして死ぬると、おそきと早きとのかはりはあれど、自害する事は同じ。気つよく長命なるべき人も、気を養はざれば、必ず命みじかくして、天年を保たず。是自害するなり。
現代語訳
世の人を多く見ると、生まれつき短命な相の人は稀です。長寿に生まれついた人も、養生の術を知らずに行わなければ、生まれつきの天寿を保ちません。たとえば彭祖といえども、刀で喉笛を断てば、どうして死なないことがあるでしょうか。今の人が欲をほしいままにして生を損なうのは、たとえば自分で喉笛を断つようなものです。喉笛を断って死ぬのと、養生せず欲をほしいままにして死ぬのとは、遅いか早いかの違いはあっても、自害することは同じです。気が強く長命であるはずの人も、気を養わなければ必ず命が短くなり、天寿を保てません。これは自害しているのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第一・総論上一凡の人、生れつきたる天年は多くは長じ、天年をみじかく生れつきたる人は、稀なり。生れつきて、元気さかんにして身つよき人も、養生の術をしらず、朝夕元気をそこなひ、日夜精力をへらせば、生れつきたる其の年をたもたずして、早世する人世に多し。又天性は、甚虚弱にして多病なれど、多病なる故に、慎みおそれて保養すれば、かへつて長生する人、是また世にあり。此の二ツは、世間眼前に多く見る所なれば、疑ふべからず。慾を恣にして身をうしなふは、たとへば刀を以て自害するに同じ。早きとおそきとのかはりはあれど、身を害する事は同じ。
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『養生訓』巻第二・総論下一一時の慾をこらへずして病を生じ、百年の身をあやまる、愚なるかな。長命をたもちて、安楽ならん事を願はば、慾をほしいままにすべからず。慾をこらふるは長命の基なり。慾を恣にするは短命の基なり。恣なると忍ぶとは、是寿夭との分るる所なり。
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『養生訓』巻第一・総論上一養生の道なければ、生れつき強く、若くさかんなる人も、天年をたもたずして早世する人多し。是天のなせる禍にあらず、みづからなせる禍なり。天年とはいひがたし。つよき人は強きをたのみて慎まざる故に、よわき人より却つて早く死す。又体気よわく飲食すくなく、常に病多くして短命ならんと思ふ人、かへつて長生する人多し。是よわきをおそれて慎むによれり。この故に、命の長短は身の強弱によらず、慎と不慎とによれり。白楽天が語に、福と禍とは、慎むと慎まざるにありといへるが如し。一世に富貴財禄をむさぼりて、人にへつらひ、仏神にいのり求むる人多し。されども其しるしなし。無病長生を求めて、養生をつつしみ、身をたもたんとする人は稀なり。富貴財禄は外にあり、求めても天命なければ得がたし。無病長生は我にあり、もとむれば得やすし。得がたき事を求めて、得やすき事を求めざるはなんぞや、愚なるかな。たとひ財禄を求め得ても、多病にして短命なれば用なし。
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『養生訓』巻第二・総論下一人毎日昼夜の間、元気を養ふ事と、元気をそこなふ事との二の多少をくらべ見るべし。衆人は、一日の内、気を養ふ事は常にすくなく、気をそこなふ事は常に多し。養生の道は、元気を養ふ事のみにて、元気をそこなふ事なかるべし。もし養ふ事はすくなく、そこなふ事多く、日々つもりて久しければ、元気へりて病生じ死にいたる。この故に、衆人は病多くして短命なり。かぎりある元気をもちて、かぎりなき慾をほしいままにするは危し。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の身は百年を以て期とす。上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十なり。六十以上は長生なり。世上の人を見るに、下寿をたもつ人すくなく、五十以下短命なる人多し。人生七十古来稀なりといへるは虚語にあらず。長命なる人すくなし。五十なれば不夭と云ひて、わか死にあらず。人の命なんぞ此くの如くみじかきや。是皆養生の術なければなり。短命なるは生れつきて短きにはあらず、十人に九人は、皆みづからそこなへるなり。ここを以て、人皆養生の術なくんばあるべからず。
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『養生訓』巻第一・総論上一人生五十にいたらざれば、血気いまだ定まらず、知慮いまだ開けず。古今にうとくして世変になれず、言あやまり多く、行悔多し。人生の理も楽もいまだ知らず。五十にいたらずして死するを夭といふ。是亦不幸短命と云ふべし。長生すれば楽多く益多し。日々にいまだ知らざる事を知り、日々にいまだ能せざる事をよくす。この故に、学問の長進する事も、知識の明達なる事も、長生せざれば得がたし。ここを以て養生の術を行ひ、いかにもして天年をたもち、五十歳をこえ、成るべきほどは、弥長生して六十以上の寿域に登るべし。古人長生の術ある事をいへり。又人の命は我にあり天にあらずともいへれば、此術に志だにふかくば、長生をたもつ事、人力を以ていかにもなし得べき理あり。うたがふべからず。只気あらくして、慾を恣にしてこらへず、慎なき人は、長生を得べからず。
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