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養生訓 / 巻第二・総論下

一古語に、忍は身の寶なりといへり。忍べば殃なし。忍ばざれば殃あり。忍ぶはこらふるなり。恣ならざるを云ふ。忿と慾とはしのぶべし、およそ養生の道は忿慾をこらふるにあり。忍の一字守るべし。武王銘曰、忍之須臾全汝軀。書曰、必有忍、其乃有濟。古語云、莫大之過起於須臾不忍。是忍の一字は、身を養ひ、德を養ふ道なり。一胃の氣とは、元氣の別名なり、沖和の氣なり。病甚しくしても、胃の氣ある人は生く、胃の氣なきは死す。胃の氣の脈とは、長からず短からず、遲ならず數ならず、大ならず、手に應ずる事、中和にしてうるはし。此脈名づけて言ひがたし。ひとり心に得べし。元氣衰へざる無病の人の脈かくの如し。是古人の說なり。養生の人、つねに此脈あらん事をねがふべし。養生なく、氣へりたる人は、わかくしても此脈ともし。是病人なり。病脈のみ有りて、胃の氣の脈なき人は死す。又目に精神ある人は壽し。精神なき人は夭し。病人をみるにも此の術を用ふべし。

新字:一古語に、忍は身の宝なりといへり。忍べば殃なし。忍ばざれば殃あり。忍ぶはこらふるなり。恣ならざるを云ふ。忿と慾とはしのぶべし、およそ養生の道は忿慾をこらふるにあり。忍の一字守るべし。武王銘曰、忍之須臾全汝躯。書曰、必有忍、其乃有済。古語云、莫大之過起於須臾不忍。是忍の一字は、身を養ひ、徳を養ふ道なり。一胃の気とは、元気の別名なり、沖和の気なり。病甚しくしても、胃の気ある人は生く、胃の気なきは死す。胃の気の脈とは、長からず短からず、遅ならず数ならず、大ならず、手に応ずる事、中和にしてうるはし。此脈名づけて言ひがたし。ひとり心に得べし。元気衰へざる無病の人の脈かくの如し。是古人の説なり。養生の人、つねに此脈あらん事をねがふべし。養生なく、気へりたる人は、わかくしても此脈ともし。是病人なり。病脈のみ有りて、胃の気の脈なき人は死す。又目に精神ある人は寿し。精神なき人は夭し。病人をみるにも此の術を用ふべし。

書き下し

一古語に、忍は身の宝なりといへり。忍べば殃なし。忍ばざれば殃あり。忍ぶはこらふるなり。恣ならざるを云ふ。忿と慾とはしのぶべし、およそ養生の道は忿慾をこらふるにあり。忍の一字守るべし。武王の銘に曰く、之を須臾に忍べば汝の軀を全うす。書に曰く、必ず忍ぶこと有れば、其れ乃ち済すこと有り。古語に云ふ、莫大の過ちは須臾の忍ばざるより起る。是忍の一字は、身を養ひ、徳を養ふ道なり。一胃の気とは、元気の別名なり、沖和の気なり。病甚しくしても、胃の気ある人は生く、胃の気なきは死す。胃の気の脈とは、長からず短からず、遅ならず数ならず、大ならず、手に応ずる事、中和にしてうるはし。此脈名づけて言ひがたし。ひとり心に得べし。元気衰へざる無病の人の脈かくの如し。是古人の説なり。養生の人、つねに此脈あらん事をねがふべし。養生なく、気へりたる人は、わかくしても此脈ともし。是病人なり。病脈のみ有りて、胃の気の脈なき人は死す。又目に精神ある人は寿し。精神なき人は夭し。病人をみるにも此の術を用ふべし。

現代語訳

古語に、忍は身の宝である、といいます。忍べば災いがなく、忍ばなければ災いがあります。忍ぶとはこらえることで、ほしいままにしないことをいいます。怒りと欲とは忍ぶべきです。およそ養生の道は、怒りと欲をこらえることにあります。忍の一字を守りなさい。武王の銘に「これをしばらく忍べば、汝の体を全うする」とあります。『書経』に「必ず忍ぶことがあれば、そこでこそ成し遂げることがある」とあります。古語に「莫大な過ちは、わずかの間の忍ばざることから起こる」といいます。この忍の一字は、体を養い徳を養う道です。胃の気とは、元気の別名で、穏やかに和した気のことです。病が重くても胃の気のある人は生き、胃の気のない人は死にます。胃の気の脈とは、長からず短からず、遅からず速からず、大きくなく、指に応える具合が程よく麗しいものです。この脈は名づけて言い表しにくく、ただ心で会得するほかありません。元気の衰えていない無病の人の脈はこのようです。これは古人の説です。養生する人は、いつもこの脈があることを願いなさい。養生をせず気の減った人は、若くてもこの脈が乏しく、それは病人です。病の脈ばかりで胃の気の脈のない人は死にます。また目に精神のある人は長生きし、精神のない人は若死にします。病人を診るときにもこの術を用いなさい。

解説

前半は「忍」の徳を、武王の銘、『書経』君陳篇の「必ず忍ぶこと有れば、其れ乃ち済すこと有り」、古語を重ねて説き、怒りと欲をこらえることが養生の道だとします。後半は医学の話に移り、元気の別名である「胃の気」が脈にどう現れるかを述べ、目の力でも寿命を見分けられると言います。益軒は儒者であると同時に医学や本草にも通じていました。怒りを一呼吸おいてこらえることが健康にも人間関係にも効くという教えは、今も通用します。

この章句が説くこと

忍怒り欲胃の気脈

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