養生訓 / 巻第二・総論下
一一時の慾をこらへずして病を生じ、百年の身をあやまる、愚なるかな。長命をたもちて、安樂ならん事を願はば、慾をほしいまゝにすべからず。慾をこらふるは長命の基なり。慾を恣にするは短命の基なり。恣なると忍ぶとは、是壽夭との分るる所なり。
新字:一一時の慾をこらへずして病を生じ、百年の身をあやまる、愚なるかな。長命をたもちて、安楽ならん事を願はば、慾をほしいまゝにすべからず。慾をこらふるは長命の基なり。慾を恣にするは短命の基なり。恣なると忍ぶとは、是寿夭との分るる所なり。
書き下し
一一時の慾をこらへずして病を生じ、百年の身をあやまる、愚なるかな。長命をたもちて、安楽ならん事を願はば、慾をほしいままにすべからず。慾をこらふるは長命の基なり。慾を恣にするは短命の基なり。恣なると忍ぶとは、是寿夭との分るる所なり。
現代語訳
一時の欲をこらえずに病を生じ、百年の身を誤るのは、愚かなことです。長生きして安楽でありたいと願うなら、欲をほしいままにしてはいけません。欲をこらえるのは長命の基です。欲をほしいままにするのは短命の基です。ほしいままにするかこらえるかが、長生きと若死にの分かれ目なのです。
解説
寿命の長短を分けるのは、欲を「恣にする」か「忍ぶ」かの一点だと端的に述べています。巻第一でも益軒は「恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし」と説いており、この忍の思想は『養生訓』の柱です。一時の欲が百年の身を誤らせるという対比は、健康だけでなく、お金の使い方や人間関係にもそのまま当てはまります。今この瞬間の衝動をひと呼吸おいてこらえる力が、長い人生の安楽を支えるのだと教えてくれます。
この章句が説くこと
養生欲忍長命寿命
関連する章句
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『養生訓』巻第一・総論上一人の耳目口体の、見る事、聞く事、飲み食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云ふ。嗜慾とはこのめる慾なり。慾はむさぼるなり。飲食色慾などをこらへずして、むさぼりてほしいままにすれば、節に過て、身をそこなひ、礼義にそむく。万の悪は、皆慾を恣にするよりおこる。耳目口体の慾を忍んで恣にせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆慾をこらへて恣にせざるよりおこる。故に、忍ぶと恣にするとは、善と悪とのおこる本なり。養生の人はここに於て、専心を用ひて恣なる事をおさへて、慾をこらふるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし。
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『養生訓』巻第二・総論下一長生の術は、食色の慾をすくなくし、心気を和平にし、事に臨んで常に畏慎あれば、物にやぶられず、血気おのづから調ひて、自然に病なし。如此なれば長生す。是長生の術なり。此術を信じ用ひば、此術の貴ぶべき事、あだかも万金を得たるよりも重かるべし。
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『養生訓』巻第二・総論下一古語に曰く、日に一日を慎めば、寿終るまで殃無し。言は、一日々々をあらためて、朝より夕迄、毎日つつしめば、身にあやまちなく、身をそこなひやぶる事なくして、寿くして天年終るまでわざはひなしとなり。是身をたもつ要道なり。一飲食色慾をほしいままにして、其はじめ、少しの間我心に快き事は、後に必ず身をそこなひ、長きわざはひとなる。後にわざはひ無からん事を求めば、初わが心に快からん事をこのむべからず。万の事、はじめ快くすれば、必ず後の禍となる。初つとめてこらふれば、必ず後の楽となる。
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『養生訓』巻第一・総論上一凡の人、生れつきたる天年は多くは長じ、天年をみじかく生れつきたる人は、稀なり。生れつきて、元気さかんにして身つよき人も、養生の術をしらず、朝夕元気をそこなひ、日夜精力をへらせば、生れつきたる其の年をたもたずして、早世する人世に多し。又天性は、甚虚弱にして多病なれど、多病なる故に、慎みおそれて保養すれば、かへつて長生する人、是また世にあり。此の二ツは、世間眼前に多く見る所なれば、疑ふべからず。慾を恣にして身をうしなふは、たとへば刀を以て自害するに同じ。早きとおそきとのかはりはあれど、身を害する事は同じ。
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『養生訓』巻第二・総論下一養生の道は、たのむを戒む。わが身のつよきをたのみ、若きをたのみ、病の少しいゆるをたのむ、是皆わざはひの本なり。刃の鋭きをたのんで、かたき物を切れば刃折る。気のつよきをたのんで、みだりに気をつかへば気へる。脾腎のつよきをたのんで、飲食色慾を過せば病となる。
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『養生訓』巻第二・総論下一世の人を多く見るに、生れつきて短命なる形相ある人は稀なり。長寿を生れつきたる人も、養生の術を知らで行はざれば、生れつきたる天年をたもたず。たとへば、彭祖といへど、刀にてのどぶえを断たば、などか死なざるべきや。今の人の、欲を恣にして生をそこなふは、たとへば自のどぶえを断つが如し。のどぶえを断ちて死ぬると、養生せず欲を恣にして死ぬると、おそきと早きとのかはりはあれど、自害する事は同じ。気つよく長命なるべき人も、気を養はざれば、必ず命みじかくして、天年を保たず。是自害するなり。
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