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養生訓 / 巻第一・総論上

一或人の曰、養生の術、隱居せし老人、又年わかくしても、世をのがれて安閑無事なる人は宜しかるべし。士として、君父につかへて忠孝をつとめ、武藝をならひて身をはたらかし、農工商の夜晝家業を勤めていとまなく、身閑ならざる者は、養生成りがたかるべし。かゝる人、もし養生の術をもはら行はば、其身やはらかに、其わざゆるやかにして、事の用にたつべからずと云ふ。是養生の術を知らざる人のうたがひ、むべなるかな。養生の術は、安閑無事なるを專とせず、心を靜にし身をうごかすをよしとす。身を安閑にするは、かへつて元氣とゞこほりふさがりて病を生ず。たとへば流水はくさらず、戶樞は朽ちざるが如し。是うごく者は長久なり、うごかざる物はかへつて命みじかし。是を以て四民ともに事をよくつとむべし。安逸なるべからず。是すなはち養生の術なり。

新字:一或人の曰、養生の術、隠居せし老人、又年わかくしても、世をのがれて安閑無事なる人は宜しかるべし。士として、君父につかへて忠孝をつとめ、武芸をならひて身をはたらかし、農工商の夜昼家業を勤めていとまなく、身閑ならざる者は、養生成りがたかるべし。かゝる人、もし養生の術をもはら行はば、其身やはらかに、其わざゆるやかにして、事の用にたつべからずと云ふ。是養生の術を知らざる人のうたがひ、むべなるかな。養生の術は、安閑無事なるを専とせず、心を静にし身をうごかすをよしとす。身を安閑にするは、かへつて元気とゞこほりふさがりて病を生ず。たとへば流水はくさらず、戸枢は朽ちざるが如し。是うごく者は長久なり、うごかざる物はかへつて命みじかし。是を以て四民ともに事をよくつとむべし。安逸なるべからず。是すなはち養生の術なり。

書き下し

一或人の曰、養生の術、隠居せし老人、又年わかくしても、世をのがれて安閑無事なる人は宜しかるべし。士として、君父につかへて忠孝をつとめ、武芸をならひて身をはたらかし、農工商の夜昼家業を勤めていとまなく、身閑ならざる者は、養生成りがたかるべし。かかる人、もし養生の術をもはら行はば、其身やはらかに、其わざゆるやかにして、事の用にたつべからずと云ふ。是養生の術を知らざる人のうたがひ、むべなるかな。養生の術は、安閑無事なるを専とせず、心を静にし身をうごかすをよしとす。身を安閑にするは、かへつて元気とどこほりふさがりて病を生ず。たとへば流水はくさらず、戸枢は朽ちざるが如し。是うごく者は長久なり、うごかざる物はかへつて命みじかし。是を以て四民ともに事をよくつとむべし。安逸なるべからず。是すなはち養生の術なり。

現代語訳

ある人が言いました。養生の術は、隠居した老人や、年が若くても世を離れて安閑無事な人にはよいでしょう。武士として主君や父に仕えて忠孝を務め、武芸を習って体を働かせ、農工商の人が夜も昼も家業を務めて暇がなく、身が閑でない者には、養生はできないでしょう。そういう人がもし養生の術をもっぱら行えば、その身は柔弱になり、その仕事はゆるやかになって、事の役に立たないでしょう、と。これは養生の術を知らない人の疑いで、もっともなことです。養生の術は、安閑無事であることを専らとはせず、心を静かにし身を動かすことをよしとします。身を安閑にすれば、かえって元気が滞りふさがって病を生じます。たとえば流れる水は腐らず、戸の軸は朽ちないようなものです。これは動くものは長久で、動かないものはかえって命が短いということです。ですから士農工商ともに、仕事をよく務めるべきです。安逸であってはなりません。これこそが養生の術です。

解説

養生は暇な隠居のためのもので、忙しい現役には無理だという反論に答えた条です。益軒は、養生とは安楽に過ごすことではなく、心を静め体を動かすことだと言います。流水は腐らず戸枢は螻まずは『呂氏春秋』に見える言葉で、動くものは長持ちするという道理です。忙しいから健康に気を配れないという言い訳は今もよく聞かれますが、仕事で体を動かすこと自体が養生になるのだと考えれば、忙しさはむしろ味方になります。

この章句が説くこと

養生運動仕事元気流水

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