養生訓 / 巻第一・総論上
一天地のよはひは、邵堯夫の說に、十二萬九千六百年を一元とし、今の世はすでに其の半に過ぎたりとなん。前に六萬年あり、後に六萬年あり。人は萬物の靈なり、天地とならび立ちて三才と稱すれども、人の命は百年にもみたず、天地の命長きにくらぶるに、千分の一にもたらず。天長く地久しきを思ひ、人の命のみじかきをおもへば、ひとり愴然としてなんだ下れり。かゝるみじかき命を持ちながら、養生の道を行はずして、みじかき天年を彌みじかくするは何ぞや。人の命は至りて重し。道にそむきて短くすべからず。
新字:一天地のよはひは、邵堯夫の説に、十二万九千六百年を一元とし、今の世はすでに其の半に過ぎたりとなん。前に六万年あり、後に六万年あり。人は万物の霊なり、天地とならび立ちて三才と称すれども、人の命は百年にもみたず、天地の命長きにくらぶるに、千分の一にもたらず。天長く地久しきを思ひ、人の命のみじかきをおもへば、ひとり愴然としてなんだ下れり。かゝるみじかき命を持ちながら、養生の道を行はずして、みじかき天年を弥みじかくするは何ぞや。人の命は至りて重し。道にそむきて短くすべからず。
書き下し
一天地のよはひは、邵堯夫の説に、十二万九千六百年を一元とし、今の世はすでに其の半に過ぎたりとなん。前に六万年あり、後に六万年あり。人は万物の霊なり、天地とならび立ちて三才と称すれども、人の命は百年にもみたず、天地の命長きにくらぶるに、千分の一にもたらず。天長く地久しきを思ひ、人の命のみじかきをおもへば、ひとり愴然としてなんだ下れり。かかるみじかき命を持ちながら、養生の道を行はずして、みじかき天年を弥みじかくするは何ぞや。人の命は至りて重し。道にそむきて短くすべからず。
現代語訳
天地の年齢は、邵康節の説では、十二万九千六百年を一元とし、今の世はすでにその半ばを過ぎたということです。前に六万年あり、後に六万年あります。人は万物の霊長であり、天地と並び立って三才と称されますが、人の命は百年にも満たず、天地の命の長さに比べれば、千分の一にも足りません。天が長く地が久しいことを思い、人の命の短さを思えば、ひとり悲しくなって涙が落ちます。このように短い命を持ちながら、養生の道を行わずに、短い天寿をいよいよ短くするのはどういうことでしょう。人の命はこのうえなく重いのです。道にそむいて短くしてはなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『楽訓』巻之下・後論一天長く地久しくして、極りなし。人は天地と参となりながら、命のみじかき事、たとへば朝露の如く、一生の過ぎやすきこと、過客の如し。歳月は行きてとどまらず、時節は去りて流るるが如し。李白が詩に、人生大夢の如し、胡為此生をくるしむと云へり。およそ人の命、上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十といへり。下寿をたもつ人もまた多からず。七十なるは稀なり。かかる短きよはひの内を、一日も善を行はず楽まずして、あだに暮すべからず。古歌に、世の中をかくいひいひてはてはては、いかにやいかにならんとすらん。といへるは、今更おどろくべきにあらざれども、およそ人は皆あだにして定めなき身を持ちながら、死期の近き事を知らずして、平生あやまつて、百年のはかり事をなせり。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の身は百年を以て期とす。上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十なり。六十以上は長生なり。世上の人を見るに、下寿をたもつ人すくなく、五十以下短命なる人多し。人生七十古来稀なりといへるは虚語にあらず。長命なる人すくなし。五十なれば不夭と云ひて、わか死にあらず。人の命なんぞ此くの如くみじかきや。是皆養生の術なければなり。短命なるは生れつきて短きにはあらず、十人に九人は、皆みづからそこなへるなり。ここを以て、人皆養生の術なくんばあるべからず。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の身は、父母を本とし、天地を初とす。天地父母の恵をうけて生れ、又養はれたる我が身なれば、わが私の物にあらず。天地のみたまもの、父母の残せる身なれば、慎んでよく養ひて、毀ひ傷らず、天年を長くたもつべし。是天地父母につかへ奉る孝の本なり。身を失ひては、仕ふべきやうなし。わが身の内、少なる皮はだへ髪の毛だに父母にうけたれば、みだりに毀ひ傷るは、不孝なり。況や大なる身命を、わが私の物として慎まず、飲食色慾を恣にし、元気をそこなひ、病を求め、生れつきたる天年を短くして、早く身命を失ふ事、天地父母へ不孝のいたり、愚なるかな。人となりて、此の世に生きては、ひとへに父母天地に孝をつくし、人倫の道を行ひ、義理にしたがひて、なるべき程は寿福をうけ、久しく世にながらへて、喜び楽みをなさん事、誠に人の各願ふ所ならずや。
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『養生訓』巻第一・総論上一人生五十にいたらざれば、血気いまだ定まらず、知慮いまだ開けず。古今にうとくして世変になれず、言あやまり多く、行悔多し。人生の理も楽もいまだ知らず。五十にいたらずして死するを夭といふ。是亦不幸短命と云ふべし。長生すれば楽多く益多し。日々にいまだ知らざる事を知り、日々にいまだ能せざる事をよくす。この故に、学問の長進する事も、知識の明達なる事も、長生せざれば得がたし。ここを以て養生の術を行ひ、いかにもして天年をたもち、五十歳をこえ、成るべきほどは、弥長生して六十以上の寿域に登るべし。古人長生の術ある事をいへり。又人の命は我にあり天にあらずともいへれば、此術に志だにふかくば、長生をたもつ事、人力を以ていかにもなし得べき理あり。うたがふべからず。只気あらくして、慾を恣にしてこらへず、慎なき人は、長生を得べからず。
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『養生訓』巻第一・総論上一凡の人、生れつきたる天年は多くは長じ、天年をみじかく生れつきたる人は、稀なり。生れつきて、元気さかんにして身つよき人も、養生の術をしらず、朝夕元気をそこなひ、日夜精力をへらせば、生れつきたる其の年をたもたずして、早世する人世に多し。又天性は、甚虚弱にして多病なれど、多病なる故に、慎みおそれて保養すれば、かへつて長生する人、是また世にあり。此の二ツは、世間眼前に多く見る所なれば、疑ふべからず。慾を恣にして身をうしなふは、たとへば刀を以て自害するに同じ。早きとおそきとのかはりはあれど、身を害する事は同じ。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の身のわざ多し。其の事をつとむるみちを術と云ふ。万のわざ、つとめならふべき術あり。其術を知らざれば其事をなしがたし。其内、いたりて小にていやしき芸能も、皆其術をまなばず、其わざをならはざれば、其事をなし得がたし。たとへば蓑をつくり、笠をはるは、至りてやすく、いやしき小なるわざなりといへども、其術をならはざればつくりがたし。況んや人の身は天地とならんで三才とす。かく貴き身を養ひ、いのちをたもつて長生するは、至りて大事なり。其術なくんばあるべからず。其術をまなばず、其事をならはずしては、などかなし得んや。然るにいやしき小芸には、必ず師をもとめ教をうけて其術をならふ。いかんとなれば、其の器用あれども其の術をまなばずしては、なしがたければなり。
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