導師導古典を学びたいすべての人に

養生訓 / 巻第一・総論上

一人の身は、父母を本とし、天地を初とす。天地父母の惠をうけて生れ、又養はれたる我が身なれば、わが私の物にあらず。天地のみたまもの、父母の殘せる身なれば、愼んでよく養ひて、毀ひ傷らず、天年を長くたもつべし。是天地父母につかへ奉る孝の本なり。身を失ひては、仕ふべきやうなし。わが身の内、少なる皮はだへ髪の毛だに父母にうけたれば、みだりに毀ひ傷るは、不孝なり。况や大なる身命を、わが私の物として愼まず、飮食色慾を恣にし、元氣をそこなひ、病を求め、生れつきたる天年を短くして、早く身命を失ふ事、天地父母へ不孝のいたり、愚なるかな。人となりて、此の世に生きては、ひとへに父母天地に孝をつくし、人倫の道を行ひ、義理にしたがひて、なるべき程は壽福をうけ、久しく世にながらへて、喜び樂みをなさん事、誠に人の各願ふ所ならずや。

新字:一人の身は、父母を本とし、天地を初とす。天地父母の恵をうけて生れ、又養はれたる我が身なれば、わが私の物にあらず。天地のみたまもの、父母の残せる身なれば、慎んでよく養ひて、毀ひ傷らず、天年を長くたもつべし。是天地父母につかへ奉る孝の本なり。身を失ひては、仕ふべきやうなし。わが身の内、少なる皮はだへ髪の毛だに父母にうけたれば、みだりに毀ひ傷るは、不孝なり。況や大なる身命を、わが私の物として慎まず、飲食色慾を恣にし、元気をそこなひ、病を求め、生れつきたる天年を短くして、早く身命を失ふ事、天地父母へ不孝のいたり、愚なるかな。人となりて、此の世に生きては、ひとへに父母天地に孝をつくし、人倫の道を行ひ、義理にしたがひて、なるべき程は寿福をうけ、久しく世にながらへて、喜び楽みをなさん事、誠に人の各願ふ所ならずや。

書き下し

一人の身は、父母を本とし、天地を初とす。天地父母の恵をうけて生れ、又養はれたる我が身なれば、わが私の物にあらず。天地のみたまもの、父母の残せる身なれば、慎んでよく養ひて、毀ひ傷らず、天年を長くたもつべし。是天地父母につかへ奉る孝の本なり。身を失ひては、仕ふべきやうなし。わが身の内、少なる皮はだへ髪の毛だに父母にうけたれば、みだりに毀ひ傷るは、不孝なり。況や大なる身命を、わが私の物として慎まず、飲食色慾を恣にし、元気をそこなひ、病を求め、生れつきたる天年を短くして、早く身命を失ふ事、天地父母へ不孝のいたり、愚なるかな。人となりて、此の世に生きては、ひとへに父母天地に孝をつくし、人倫の道を行ひ、義理にしたがひて、なるべき程は寿福をうけ、久しく世にながらへて、喜び楽みをなさん事、誠に人の各願ふ所ならずや。

現代語訳

人の身は、父母を根本とし、天地をはじまりとしています。天地と父母の恵みを受けて生まれ、また養われてきた自分の身ですから、自分一人の私物ではありません。天地からの賜りもの、父母が残してくれた身なのですから、慎んでよく養い、損なったり傷つけたりせず、天から授かった寿命を長く保つべきです。これが天地と父母にお仕えする孝の根本です。身を失ってしまっては、仕えようがありません。わが身のうちの、ほんのわずかな皮膚や髪の毛でさえ父母から受けたものですから、むやみに損なったり傷つけたりするのは不孝です。まして大切な身体と命を自分の私物として慎まず、飲食や色欲をほしいままにして元気を損ない、病を招き、生まれつきの寿命を縮めて早く命を失うのは、天地と父母に対してこのうえない不孝であり、愚かなことです。人として生まれこの世に生きる以上は、ひたすら父母と天地に孝を尽くし、人の道を行い、義理に従って、できるかぎり長寿と幸福を受け、長く世に生きながらえて喜びと楽しみを味わうこと、これこそ誰もが願うところではないでしょうか。

解説

養生訓の冒頭で、益軒は健康を自分だけの問題としてではなく、授かった身を大切にする孝の実践として位置づけています。『孝経』の「身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり」を下敷きにした考え方です。84歳でこの書をまとめた益軒にとって、長生きは我欲ではなく恩に報いる道でした。自分の体をいたわることは、家族や周りの人への責任でもある、と受け止めると、無理な働き方や暴飲暴食を見直すきっかけになります。

この章句が説くこと

養生孝天年身体父母元気

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る