養生訓 / 巻第一・総論上
一人の身のわざ多し。其の事をつとむるみちを術と云ふ。萬のわざ、つとめならふべき術あり。其術を知らざれば其事をなしがたし。其内、いたりて小にていやしき藝能も、皆其術をまなばず、其わざをならはざれば、其事をなし得がたし。たとへば蓑をつくり、笠をはるは、至りてやすく、いやしき小なるわざなりといへども、其術をならはざればつくりがたし。况んや人の身は天地とならんで三才とす。かく貴き身を養ひ、いのちをたもつて長生するは、至りて大事なり。其術なくんばあるべからず。其術をまなばず、其事をならはずしては、などかなし得んや。然るにいやしき小藝には、必ず師をもとめ敎をうけて其術をならふ。いかんとなれば、其の器用あれども其の術をまなばずしては、なしがたければなり。
新字:一人の身のわざ多し。其の事をつとむるみちを術と云ふ。万のわざ、つとめならふべき術あり。其術を知らざれば其事をなしがたし。其内、いたりて小にていやしき芸能も、皆其術をまなばず、其わざをならはざれば、其事をなし得がたし。たとへば蓑をつくり、笠をはるは、至りてやすく、いやしき小なるわざなりといへども、其術をならはざればつくりがたし。況んや人の身は天地とならんで三才とす。かく貴き身を養ひ、いのちをたもつて長生するは、至りて大事なり。其術なくんばあるべからず。其術をまなばず、其事をならはずしては、などかなし得んや。然るにいやしき小芸には、必ず師をもとめ教をうけて其術をならふ。いかんとなれば、其の器用あれども其の術をまなばずしては、なしがたければなり。
書き下し
一人の身のわざ多し。其の事をつとむるみちを術と云ふ。万のわざ、つとめならふべき術あり。其術を知らざれば其事をなしがたし。其内、いたりて小にていやしき芸能も、皆其術をまなばず、其わざをならはざれば、其事をなし得がたし。たとへば蓑をつくり、笠をはるは、至りてやすく、いやしき小なるわざなりといへども、其術をならはざればつくりがたし。況んや人の身は天地とならんで三才とす。かく貴き身を養ひ、いのちをたもつて長生するは、至りて大事なり。其術なくんばあるべからず。其術をまなばず、其事をならはずしては、などかなし得んや。然るにいやしき小芸には、必ず師をもとめ教をうけて其術をならふ。いかんとなれば、其の器用あれども其の術をまなばずしては、なしがたければなり。
現代語訳
人の身のわざは多いものです。その事を務める道を術といいます。あらゆるわざには、努めて習うべき術があります。その術を知らなければ、その事はなしがたいのです。その中で、ごく小さく卑しい芸能でさえ、その術を学ばず、そのわざを習わなければ、その事をなしとげられません。たとえば蓑を作ったり笠を張ったりするのは、ごくたやすく卑しい小さなわざですが、その術を習わなければ作れません。まして人の身は、天地と並んで三才とされます。このように貴い身を養い、命を保って長生きすることは、このうえない大事です。その術がなくてはなりません。その術を学ばず、その事を習わずに、どうしてなしとげられましょうか。それなのに、卑しい小さな芸には、必ず師を求め教えを受けてその術を習います。なぜなら、器用さはあってもその術を学ばなくてはなしがたいからです。
解説
この章句が説くこと
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