初学訓 / 巻之四
一すべて、世俗は、耳目口腹の慾を、恣にするを樂とす。然らざれば、大富貴を得てもかひなしといふ。是、まことに小人の心なり。其志むげにいやしむべし。かゝるいやしき樂を志とし、酒食色慾を恣にする人は、必ず財つきて貧窮に苦み、人を妨げ、恥辱をとりて、名を失ひ、元氣衰へ、病生じて、命をうしなふ。いはんや禍となり、富貴をうしなふ。悲むべし、何ぞ樂とすべきや。道を行ひ、人を救ひ、分を安んじ、理に從ふほどの樂、此世の中に、何かあるべきや。尊き卑しき、たゞ是を以て樂とすべし。道を行ひ人をすくふを樂とせずして、あだなる世俗の樂を願ふは、大富貴を得たりとも、誠に不幸なる人といふべし。富貴の人は、ことさら身の慾を、愼みほしいままにせず、貧困なる者をあはれみ施すことを樂むべし。耳目口腹の慾を恣にすれば、道に背きて樂を失ひ、却つて禍となる。大富貴の人といへども、財を費し盡して、困窮のうれへ遁れがたし。いはんや慾をほしいまゝにすれば、名を汚し、財祿と官位を失ひ、病を生じ、身を苦めて命をうしなふ。わざはひ是より大なるはなし。
新字:一すべて、世俗は、耳目口腹の慾を、恣にするを楽とす。然らざれば、大富貴を得てもかひなしといふ。是、まことに小人の心なり。其志むげにいやしむべし。かゝるいやしき楽を志とし、酒食色慾を恣にする人は、必ず財つきて貧窮に苦み、人を妨げ、恥辱をとりて、名を失ひ、元気衰へ、病生じて、命をうしなふ。いはんや禍となり、富貴をうしなふ。悲むべし、何ぞ楽とすべきや。道を行ひ、人を救ひ、分を安んじ、理に従ふほどの楽、此世の中に、何かあるべきや。尊き卑しき、たゞ是を以て楽とすべし。道を行ひ人をすくふを楽とせずして、あだなる世俗の楽を願ふは、大富貴を得たりとも、誠に不幸なる人といふべし。富貴の人は、ことさら身の慾を、慎みほしいままにせず、貧困なる者をあはれみ施すことを楽むべし。耳目口腹の慾を恣にすれば、道に背きて楽を失ひ、却つて禍となる。大富貴の人といへども、財を費し尽して、困窮のうれへ遁れがたし。いはんや慾をほしいまゝにすれば、名を汚し、財禄と官位を失ひ、病を生じ、身を苦めて命をうしなふ。わざはひ是より大なるはなし。
書き下し
一すべて、世俗は、耳目口腹の慾を、恣にするを楽とす。然らざれば、大富貴を得てもかひなしといふ。是、まことに小人の心なり。其志むげにいやしむべし。かかるいやしき楽を志とし、酒食色慾を恣にする人は、必ず財つきて貧窮に苦み、人を妨げ、恥辱をとりて、名を失ひ、元気衰へ、病生じて、命をうしなふ。いはんや禍となり、富貴をうしなふ。悲むべし、何ぞ楽とすべきや。道を行ひ、人を救ひ、分を安んじ、理に従ふほどの楽、此世の中に、何かあるべきや。尊き卑しき、ただ是を以て楽とすべし。道を行ひ人をすくふを楽とせずして、あだなる世俗の楽を願ふは、大富貴を得たりとも、誠に不幸なる人といふべし。富貴の人は、ことさら身の慾を、慎みほしいままにせず、貧困なる者をあはれみ施すことを楽むべし。耳目口腹の慾を恣にすれば、道に背きて楽を失ひ、却つて禍となる。大富貴の人といへども、財を費し尽して、困窮のうれへ遁れがたし。いはんや慾をほしいままにすれば、名を汚し、財禄と官位を失ひ、病を生じ、身を苦めて命をうしなふ。わざはひ是より大なるはなし。
現代語訳
すべて世俗の人は、耳目口腹の欲をほしいままにすることを楽しみとします。そうでなければ、大きな富貴を得てもかいがないと言います。これはまことに小人の心です。その志は大いに卑しむべきです。このような卑しい楽しみを志とし、酒食や色欲をほしいままにする人は、必ず財が尽きて貧窮に苦しみ、人を妨げ、恥辱を受けて名を失い、元気が衰え、病が生じて命を失います。まして禍となって富貴を失います。悲しむべきことで、どうして楽しみとできましょうか。道を行い、人を救い、分に安んじ、理に従うほどの楽しみが、この世の中にほかに何がありましょうか。身分の高い人も低い人も、ただこれを楽しみとすべきです。道を行い人を救うことを楽しみとせずに、むなしい世俗の楽しみを願うのは、大きな富貴を得ても、まことに不幸な人というべきです。富貴な人は、ことに身の欲を慎んでほしいままにせず、貧しく困っている者を憐れみ施すことを楽しむべきです。耳目口腹の欲をほしいままにすれば、道に背いて楽しみを失い、かえって禍となります。大きな富貴の人でも、財を費やし尽くして、困窮の憂いを逃れがたい。まして欲をほしいままにすれば、名を汚し、財禄と官位を失い、病を生じ、身を苦しめて命を失います。禍としてこれより大きなものはありません。
解説
この章句が説くこと
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