人物志 / 釋爭
君子誠能睹爭途之名險,獨乘高於玄路,則光暉煥而日新,德聲倫於古人矣。
新字:君子誠能睹争途之名険,独乗高於玄路,則光暉煥而日新,徳声倫於古人矣。
書き下し
君子誠に能く争途の名険を睹て、独り玄路に高く乗れば、則ち光暉煥として日に新たに、徳声古人に倫しからん。
現代語訳
君子が本当に、争いの道が名を危うくする険しい道であることを見て取り、ただ一人奥深い道を高く進んでいけば、その輝きは明らかに日々新たとなり、徳の名声は古の人々に並ぶであろう。
解説
『人物志』全十二篇を締めくくる最後の一文である。争いの道は名を危うくする険しい道であり、それを見抜いて奥深い道を独り高く進む者は、輝きが日々新たになり、徳の名声は古人に並ぶ、と劉劭は結ぶ。人の才と性を九徴から説き起こし、偏材と兼材、十二の流業、八観と七繆、効難を経て、最後に争いを離れる処世で終える構成には、人を知ることの目的が、よりよい人のあり方に行き着くことだという劉劭の考えが表れている。この書は後に北魏の劉昞によって注釈され、日本でも人物論の古典として読まれてきた。人を評価する立場にある者こそ、自分自身が争いの道を避けているかを問われる。人を見る目は、自分を見る目と一体である。
関連する章句
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人物志・釋爭是を以て君子は挙ぐるに敢へて儀準を越えず、志すに敢へて軌等を凌がず。内は己を勤めて以て自ら済し、外は謙譲して以て敬懼す。是を以て怨難身に在らずして、栄福長久に通ずるなり。彼の小人は則ち然らず、功を矜り能を伐り、好んで以て人を陵ぐ。是を以て
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人物志・釋爭此に由りて之を論ずれば、則ち
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人物志・釋爭蓋し善は伐らざるを以て大と為し、賢は自ら矜るを以て損と為す。
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人物志・釋爭其の終極に及びては、乃ち禍を転じて福と為し、讎を屈して友と為す。怨讎をして後嗣に延ばさず、而して美名無窮に宣べしむ。君子の道、豈に裕かならずや。且つ
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人物志・釋爭是の故に、轡を並べて先を争ひて相奪ふこと能はず、両つながら頓き倶に折れて後なる者の趨く所と為る。是に由りて之を論ずれば、争譲の途、其の別明らかなり。然るに勝を好むの人は、猶ほ然らずと謂ひ、前に在るを以て速鋭と為し、後に処るを以て留滞と為し、衆に下るを以て卑屈と為し、等を躡むを以て異傑と為し、敵に譲るを以て迴辱と為し、上を陵ぐを以て高厲と為す。是の故に、抗奮して遂に往き、自ら反ること能はざるなり。夫れ抗を以て賢に遇へば必ず遜下せられ、抗を以て暴に遇へば必ず敵難を搆ふ。敵難既に搆ふれば、則ち是非の理必ず溷りて明らかにし難し。溷りて明らかにし難ければ則ち其の自ら毀るとは何を以て異ならんや。且つ人の己を毀るは、皆怨憾に発して、変は舋に生ずるなり。必ず事に依託して端末を飾り成す。其の聴く者に於けるや、尽くは信ぜずと雖も、猶ほ半ばは以て然りと為すなり。己の校報も、亦た又之の如し。終に其の帰する所は、亦た各々半信の遠近に著はるる有るなり。然らば則ち、
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人物志・釋爭惑繆為ること豈に甚だしからずや。然れども其の由る所を原ぬるに、豈に躬自ら厚く責めて以て変訟を致す者有らんや。皆内恕足らずして、外望已まざるに由る。或いは彼の我を軽んずるを怨み、或いは彼の己に勝るを疾む。夫れ我薄くして彼之を軽んずるは、則ち我曲にして彼直なるに由るなり。我賢にして彼知らざるは、則ち軽んぜらるるも我が咎に非ざるなり。
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