養生訓 / 巻第一・総論上
一凡藥と鍼灸を用ふるは、やむ事を得ざる下策なり。飮食色慾を愼み、起臥を時にして、養生をよくすれば病なし。腹中痞滿して、食氣つかふる人も、朝夕步行し、身を勞動して、久坐久臥を禁ぜば、藥と鍼灸とを用ひずして、痞塞のうれひなかるべし。是上策とす。藥は皆氣の偏なり。參芪朮甘の上藥といへども、其の病に應せざれば害あり。况や中下の藥は、元氣を損じ、他病を生ず。鍼は瀉ありて補なし。病に應ぜざれば元氣をへらす。灸もその病に應ぜざるに、妄に灸すれば、元氣をへらし、氣を上す。藥と鍼灸と、損益ある事かくのごとし。やむ事を得ざるに非ずんば、鍼灸藥を用ふべからず、只保生の術を賴むべし。
新字:一凡薬と鍼灸を用ふるは、やむ事を得ざる下策なり。飲食色慾を慎み、起臥を時にして、養生をよくすれば病なし。腹中痞満して、食気つかふる人も、朝夕歩行し、身を労動して、久坐久臥を禁ぜば、薬と鍼灸とを用ひずして、痞塞のうれひなかるべし。是上策とす。薬は皆気の偏なり。参芪朮甘の上薬といへども、其の病に応せざれば害あり。況や中下の薬は、元気を損じ、他病を生ず。鍼は瀉ありて補なし。病に応ぜざれば元気をへらす。灸もその病に応ぜざるに、妄に灸すれば、元気をへらし、気を上す。薬と鍼灸と、損益ある事かくのごとし。やむ事を得ざるに非ずんば、鍼灸薬を用ふべからず、只保生の術を頼むべし。
書き下し
一凡薬と鍼灸を用ふるは、やむ事を得ざる下策なり。飲食色慾を慎み、起臥を時にして、養生をよくすれば病なし。腹中痞満して、食気つかふる人も、朝夕歩行し、身を労動して、久坐久臥を禁ぜば、薬と鍼灸とを用ひずして、痞塞のうれひなかるべし。是上策とす。薬は皆気の偏なり。参芪朮甘の上薬といへども、其の病に応せざれば害あり。況や中下の薬は、元気を損じ、他病を生ず。鍼は瀉ありて補なし。病に応ぜざれば元気をへらす。灸もその病に応ぜざるに、妄に灸すれば、元気をへらし、気を上す。薬と鍼灸と、損益ある事かくのごとし。やむ事を得ざるに非ずんば、鍼灸薬を用ふべからず、只保生の術を頼むべし。
現代語訳
およそ薬と鍼灸を用いるのは、やむを得ない場合の下策です。飲食と色欲を慎み、寝起きを時に合わせて養生をよくすれば、病はありません。腹がつかえて食べた物がつかえる人も、朝夕歩き、体を働かせ、長く座ったり長く寝たりすることを禁じれば、薬や鍼灸を用いなくても、つかえの心配はなくなるでしょう。これを上策とします。薬はみな気の偏ったものです。人参・黄耆・白朮・甘草のような上等の薬でも、その病に合わなければ害があります。まして中等・下等の薬は、元気を損ない、ほかの病を生じます。鍼は瀉すことはあっても補うことはありません。病に合わなければ元気を減らします。灸もその病に合わないのにむやみにすえれば、元気を減らし、気をのぼせさせます。薬と鍼灸に損益があることはこのとおりです。やむを得ない場合でなければ、鍼灸や薬を用いてはなりません。ただ生を保つ術を頼むべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第一・総論上一古の君子は、礼楽をこのんで行ひ、射御を学び、力を労動し、詠歌舞蹈して血脈を養ひ、嗜慾を節にし、心気を定め、外邪を慎み防ぐ。かくのごとく常に行へば、鍼灸薬を用ひずして病なし。是君子の行ふ所、本をつとむるの法、上策なり。病多きは皆養生の術なきよりおこる。病おこりて薬を服し、いたき鍼、あつき灸をして、父母よりうけし遺体にきずづけ、火をつけ、熱痛をこらへて身をせめ病を療すは、甚末の事、下策なり。たとへば国ををさむるに徳を以てすれば、民おのづから服して乱おこらず、攻め撃つことを用ひず、又保養を用ひずして、只薬と鍼灸を用ひて病をせむるは、たとへば国を治むるに徳を用ひず、下を治むる道なく、臣民うらみそむきて乱をおこすをしづめんとて、兵を用ひてたたかふが如し。百たび戦つて百たび勝つとも、たつとぶにたらず。養生をよくせずして、薬と鍼灸とを頼んで病を治するも、またかくの如し。
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『養生訓』巻第一・総論上又風寒暑湿の外邪をおそれふせぎ、起居動静を節にし慎み、食後には歩行して身を動かし、時々導引して腰腹を撫ですり、手足をうごかし労動して血気をめぐらし、飲食を消化せしむべし。一所に久しく安坐すべからず。是皆養生の要なり。養生の道は病なき時つつしむにあり。病発りて後、薬を用ひ、針灸を以て病をせむるは養生の末なり。本をつとむべし。
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『養生訓』巻第一・総論上一身体は日々少しづつ労動すべし。久しく安坐すべからず。毎日飯後に、必ず庭圃の内数百足しづかに歩行すべし。雨中には室屋の内を幾度も徐行すべし。此くの如く日々朝晩運動すれば、鍼灸を用ひずして、飲食気血の滞なくして病なし。鍼灸をして、熱痛甚しき身の苦をこらへんより、かくの如くせば病なくして安楽なるべし。
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『養生訓』巻第二・総論下一何事も、あまり善くせんとして急けば、必ずあしくなる。病を治するも亦しかり。病あれば医をえらばず、みだりに医を求め薬を服し、又鍼灸をみだりに用ひ、たたりをなす事多し。導引按摩も亦しかり。わが病に当否をしらで、妄に治を求むべからず。湯治も亦しかり。病に応ずると、応ぜざるをえらばず、みだりに湯治して、病をまし死にいたる。およそ薬治鍼灸導引按摩湯治、此六の事、其病と其治との当否をよくえらんで用ふべし。其の当否を知らで、みだりに用ふれば、あやまりて禍をなす事多し。是よくせんとして、かへつて悪しくするなり。
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『養生訓』巻第七・用薬一孫思邈曰く、人故なくんば薬を餌ふべからず。偏に助くれば、蔵気不平にして、病生ず。一劉仲達が鴻書に、疾あつて、もし明医なくば、薬をのまず、只病のいゆるを静にまつべし。身を愛し過し、医の良否をえらばずして、みだりに早く薬を用ふる事なかれ。古人、病あれども治せざるは中医を得ると云ふ。此言至論なり、といへり。庸医の薬は、病に応ずる事は少く、応ぜざる事多し。薬は皆偏性ある物なれば、其病に応ぜざれば必ず毒となる。此故に、一切の病に、みだりに薬を服すべからず。病の災より薬の災多し。薬を用ひずして、養生を慎みてよくせば、薬の害なくして、癒えやすかるべし。一良医の薬を用ふるは、臨機応変とて、病人の寒熱虚実の機にのぞみ、其の時の変に応じて、宜に従ふ、必ず一法に拘らず。
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『養生訓』巻第一・総論上一養生の術は、つとむべき事をよくつとめて、身をうごかし、気をめぐらすをよしとす。つとむべき事をつとめずして、臥す事を好み、身をやすめおこたりて動かさざるは、甚養生に害あり。久しく安坐し、身を動さざれば、元気めぐらず、食気とどこほりて病おこる。殊に臥す事を好み、ねぶり多きを忌む。食後には必ず数百歩歩行して、気をめぐらし、食を消すべし。ねぶり臥すべからず。父母につかへて力をつくし、君につかへてまめやかにつとめ、朝は早くおき、夕はおそく寝ね、四民ともに我が家事をよくつとめておこたらず。士となれる人は、いとけなき時より、書をよみ、手を習ひ、礼楽をまなび、弓を射、馬にのり、武芸をならひて、身をうごかすべし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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