大和俗訓 / 巻之八・応接
一善人に交れば、日々に善言を聞き、善事を見ならひて、益あり。惡人に交れば、日々惡言を聞き、惡行を見ならひて、損あり。交る人えらぶべし。古き諺に、朱に交れば赤し、墨に近づけば黑しといへるが如し。正直なる人に交れば、我が心につゝしみ出來、我があやまりを聞きて、益あり。我にへつらふ人に交れば、諫を聞かず、我が心に從ひほむる故、我が心おこたりて、損あり。たとへば味よき酒食を多くのみくらへば、病おこり、苦きくすりをのみ、あつき灸をすれば、病いゆるが如し。愚なる人は、情こはくしてさとし難く、義に移りがたし。かゝる人に對して爭ふべからず。我が身の振舞だに、我が心に叶はざること多し。なんぞ他人のしわざ、わが心に叶はんや。人のわざの我が心に叶はぬは、許すべし、咎むべからず。たゞ我が身をかへりみ、わが過を知りて改むべし。
新字:一善人に交れば、日々に善言を聞き、善事を見ならひて、益あり。悪人に交れば、日々悪言を聞き、悪行を見ならひて、損あり。交る人えらぶべし。古き諺に、朱に交れば赤し、墨に近づけば黒しといへるが如し。正直なる人に交れば、我が心につゝしみ出来、我があやまりを聞きて、益あり。我にへつらふ人に交れば、諫を聞かず、我が心に従ひほむる故、我が心おこたりて、損あり。たとへば味よき酒食を多くのみくらへば、病おこり、苦きくすりをのみ、あつき灸をすれば、病いゆるが如し。愚なる人は、情こはくしてさとし難く、義に移りがたし。かゝる人に対して争ふべからず。我が身の振舞だに、我が心に叶はざること多し。なんぞ他人のしわざ、わが心に叶はんや。人のわざの我が心に叶はぬは、許すべし、咎むべからず。たゞ我が身をかへりみ、わが過を知りて改むべし。
書き下し
一善人に交れば、日々に善言を聞き、善事を見ならひて、益あり。悪人に交れば、日々悪言を聞き、悪行を見ならひて、損あり。交る人えらぶべし。古き諺に、朱に交れば赤し、墨に近づけば黒しといへるが如し。正直なる人に交れば、我が心につつしみ出来、我があやまりを聞きて、益あり。我にへつらふ人に交れば、諫を聞かず、我が心に従ひほむる故、我が心おこたりて、損あり。たとへば味よき酒食を多くのみくらへば、病おこり、苦きくすりをのみ、あつき灸をすれば、病いゆるが如し。愚なる人は、情こはくしてさとし難く、義に移りがたし。かかる人に対して争ふべからず。我が身の振舞だに、我が心に叶はざること多し。なんぞ他人のしわざ、わが心に叶はんや。人のわざの我が心に叶はぬは、許すべし、咎むべからず。ただ我が身をかへりみ、わが過を知りて改むべし。
現代語訳
善人と交われば、日々善い言葉を聞き、善いことを見習って益があります。悪人と交われば、日々悪い言葉を聞き、悪い行いを見習って損があります。交わる人は選びなさい。古いことわざに「朱に交われば赤し、墨に近づけば黒し」というようなものです。正直な人と交われば、自分の心につつしみができ、自分の誤りを聞いて益があります。自分にへつらう人と交われば、諫めを聞かず、自分の心に従ってほめるので、自分の心は怠って損があります。たとえば味のよい酒食を多く飲み食いすれば病が起こり、苦い薬を飲み、熱い灸をすれば病が治るようなものです。愚かな人は、情が強くて諭しがたく、義に移りにくい。このような人に対して争ってはいけません。自分の身の振る舞いでさえ、自分の心にかなわないことが多い。どうして他人のしわざが自分の心にかないましょうか。人のすることが自分の心にかなわないのは許しなさい。とがめてはいけません。ただ自分の身をかえりみ、自分の過ちを知って改めなさい。
解説
この章句が説くこと
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