大和俗訓 / 巻之八・応接
一人に交るには、貴賤と親疎によらず、愛敬をむねとすべし。愛とは人をいとしみて、惡まざるなり。仁の用也。敬とは人を敬ひて、侮らざるなり。禮の用也。人に交るは愛敬なければ、人我の間へだたりて、人倫の道行はれず。父母に事へ、兄弟夫婦に對し、賓客に交るも、皆愛敬を以て心法とす。親には愛を主として敬を行ふべし。親を愛するのみにて敬はざれば、犬馬をやしなふに同じ。君には敬を主として愛を行ふべし。君を敬ひ畏れたるのみにて、心誠に愛せざれは、忠にあらず。臣たるの道たゝず。
新字:一人に交るには、貴賤と親疎によらず、愛敬をむねとすべし。愛とは人をいとしみて、悪まざるなり。仁の用也。敬とは人を敬ひて、侮らざるなり。礼の用也。人に交るは愛敬なければ、人我の間へだたりて、人倫の道行はれず。父母に事へ、兄弟夫婦に対し、賓客に交るも、皆愛敬を以て心法とす。親には愛を主として敬を行ふべし。親を愛するのみにて敬はざれば、犬馬をやしなふに同じ。君には敬を主として愛を行ふべし。君を敬ひ畏れたるのみにて、心誠に愛せざれは、忠にあらず。臣たるの道たゝず。
書き下し
一人に交るには、貴賤と親疎によらず、愛敬をむねとすべし。愛とは人をいとしみて、悪まざるなり。仁の用也。敬とは人を敬ひて、侮らざるなり。礼の用也。人に交るは愛敬なければ、人我の間へだたりて、人倫の道行はれず。父母に事へ、兄弟夫婦に対し、賓客に交るも、皆愛敬を以て心法とす。親には愛を主として敬を行ふべし。親を愛するのみにて敬はざれば、犬馬をやしなふに同じ。君には敬を主として愛を行ふべし。君を敬ひ畏れたるのみにて、心誠に愛せざれは、忠にあらず。臣たるの道たたず。
現代語訳
人と交わるには、身分の高低や親疎によらず、愛と敬を旨としなさい。愛とは人をいとしんで憎まないことです。仁のはたらきです。敬とは人を敬ってあなどらないことです。礼のはたらきです。人と交わるのに愛と敬がなければ、他人と自分の間が隔たって、人倫の道は行われません。父母に仕え、兄弟や夫婦に向かい、客人と交わるのも、みな愛敬を心の法とします。親には愛を主として敬を行いなさい。親を愛するだけで敬わなければ、犬や馬を養うのと同じです。主君には敬を主として愛を行いなさい。主君を敬い畏れるだけで、心から誠に愛さなければ、忠ではありません。臣たる道が立ちません。
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』上卷之本大槪を論ずるに、先五倫を以ていへば、親を愛敬するが感通の根本なる故に、本分の名号を改めず、孝行と名付て、扨それより感通の光景に因て、名を立て教を示し給ことなり、二心なく君を愛敬するを忠と名付く、礼儀正しく臣下を愛敬するを仁と名付く、能く教へて子を愛敬するを慈と名付く、和順にして兄を愛敬するを悌と名付く、善をせめて弟を愛敬するを恵と名付く、正しき節を守りて夫を愛敬するを順と名付く、朋友を愛敬するを信と名付く、一身を以て云へば耳目の聰明、四肢の恭重、行住座臥の法則、皆愛敬の感通なり、如此親切なる道徳なれば、如何なる愚痴不肖の賤男賤女、五六歳の幼童迄も、能く知り能く行ひ、扨大至極の全体は聖人と雖共つくし難き物なり、誠に不二の要道、無双の重宝なれ共卞和が璧となりて、世俗の闇を照さゞる事なげかわしき事なるべし。
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『童子問』卷上問ふ、令尹子文・陳文子は何を以て仁を許されざる。曰く、二子若し管仲の志と才とを有たば、亦当に其の仁を称すべし。子文は身の為に謀らず、人に告ぐるに忠を以てす。文子は能く其の身を潔くして去る。皆観るべきに足る。然れども利沢物に及ぶの功無し。此れ其の忠と清とに止まる所以なり。
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論語・公冶長篇子張問いて曰く、「令尹子文、三たび仕えて令尹と為るも、喜ぶ色無し。三たび之を已めらるるも、慍る色無し。旧令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」「崔子斉君を弑す。陳文子馬十乗有り、棄てて之を違る。他邦に至れば、則ち曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。一邦に之けば、則ち又曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。何如。」子曰く、「清なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段答ふ、実に左もあるべきことかな。樊遅仁を問ふ。子曰く、人を愛す。知を問ふ。人を知る。仁知は大なりといへども、此の二語を以て尽くし玉ふ。文字によらずして、人の暁し易きこそよからん。愚元来不学なれば、幸ひなるかな、心易く汝が身にも備はりたることを以て語るべし。先づ手足は、口のために使はるるなり。如何となれば、口が物を食はねば、手足安穏なること能はず。このゆゑに手足が苦労して、一代口の為に使はるると云へども、少しも不屑らしきことなく、口に忠を尽くして、能く事へまつるものなり。君に事へまつる道も、手足の口に使はるることを法とすべし。臣下の飯と汁は、君より給はる奉禄なり。其の禄なくして、何を以て命をつぐべきや。このゆへに我が身を委ねて、君の身に代はり、
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『慎思録』巻之五忠臣孝子の君父に於けるは、譬へば手足の面目を捍ぐが如く然り。毀折に遭ふと雖も懼れず。其の愛する所至りて深きなり。君子の人を愛するや、物我を忘る。故に其の危難の時に方りては、疎遠なりと雖も、救はざること能はず。况や其の至尊至親の者に於てをや。岳武穆の如き、其の君を愛し国を憂ふるの志至りて深く、終に奪ふべからざる者有り。是を以て利害死生を顧みず、讒人の枉陥して死に至ると雖も、其の節操を変ぜず。或るひと謂ふ、此れ明哲保身の道に非ず、進退の機に昧し、と。是れ豈に忠臣義士の心を知る者ならんや。
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『慎思録』巻之四君子の道、親を親しみ民を仁しみ物を愛する者は、義有り。蓋し親と民と物と、三者は皆天の生ずる所にして、愛育する所なり。是を以て吾が天に事ふるの道は、当に天の愛する所を厚くすべし。吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち天心に順ひて之に事ふる所以なり。此れ一義と為す。且つ三者は本是れ天地の生ずる所にして、吾と一気同体なり。所謂民は吾が同胞、物は吾が与なり。是れ厚くせざるべからず。故に吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち吾が気類を厚くする所以なり。此れ一義と為す。然れども二義有りと雖も、之を要するに皆是れ天に事ふるの道なり。人子の親に事ふるの道も、亦た此に猶し。蓋し人の子為る者は、父母の生む所を厚くし、父母の愛する所を愛す。是れ兄弟を宜しくすれば、則ち親に事ふるの道なり、一義と為す。又克く兄弟に友なるは、此れ同気を厚くするなり、是れ一義と為す。然れども其の友愛此の如くなれば、則ち是れ父母も亦た之を悦楽す。此れも亦た親に事ふるの道なり。故に二者は、之を要するに皆是れ親に事ふるの事なり。夫れ仁人の親に事ふるや、天に事ふるが如く、天に事ふること親に事ふるが如し。蓋し仁孝は一理なり。天に事ふると親に事ふると、其の事異なりと雖も、然れども其の心同じく、其の理一なり。
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