大和俗訓 / 巻之七・躬行下
一人の惡をする事、三の故あり。氣質の偏より惡をなすあり。又あやまちとは知れども、人欲の私によりて爲すあり。又ならはしの誘によりて爲すことあり。此三の内、氣質の偏なるは惡の本なり。人欲の私は惡の幹なり。俗習の誘は惡の末なり。身の禍となる事は共に同じ。氣質のあしきをば變化して改むべし。人欲をば忍びてほしいままにすべからず。俗習をば其非を知りて移るべからず。
新字:一人の悪をする事、三の故あり。気質の偏より悪をなすあり。又あやまちとは知れども、人欲の私によりて為すあり。又ならはしの誘によりて為すことあり。此三の内、気質の偏なるは悪の本なり。人欲の私は悪の幹なり。俗習の誘は悪の末なり。身の禍となる事は共に同じ。気質のあしきをば変化して改むべし。人欲をば忍びてほしいままにすべからず。俗習をば其非を知りて移るべからず。
書き下し
一人の悪をする事、三の故あり。気質の偏より悪をなすあり。又あやまちとは知れども、人欲の私によりて為すあり。又ならはしの誘によりて為すことあり。此三の内、気質の偏なるは悪の本なり。人欲の私は悪の幹なり。俗習の誘は悪の末なり。身の禍となる事は共に同じ。気質のあしきをば変化して改むべし。人欲をば忍びてほしいままにすべからず。俗習をば其非を知りて移るべからず。
現代語訳
人が悪をするのには、三つの原因があります。気質の偏りから悪をなすことがあります。また過ちだと知っていても、人欲の私によってなすことがあります。また習わしの誘いによってなすことがあります。この三つのうち、気質の偏りは悪の本です。人欲の私は悪の幹です。世俗の習いの誘いは悪の末です。身の禍となることはみな同じです。気質の悪いところは変化させて改めなさい。人欲はしのんでほしいままにしてはいけません。世俗の習いは、その非を知って移ってはいけません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之五人の悪を為すや、徳性蔽固して明らかならざるが故のみ。其の由る所の者三つ。気質なり、人欲なり、俗習なり。此れ悪の行はるる所以なり。人の善を為すや、気質の拘する所と為らず、人欲の蔽ふ所と為らず、俗習の移す所と為らざるに因る。苟も此の三者の害無ければ、則ち徳性開発して塞がらず。此れ善の行はるる所以なり。夫れ気質人欲の拘蔽を為すや、固より多し。且つ俗習の移す所と為る者も、其の害亦少なからず。学者の当に省察すべき所なり。
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『大和俗訓』巻之三・心術上是皆気質の偏なり、心を害す。凡気質のあしき所を変化する事、きはめてかたし。平生心を用ひて、是に勝たずんばあるべからず。又過あらば速かに改むべし。過とは巧みて悪をするにはあらず、是非を知らずして、不意に道理にそむくをいふ。気質の偏により、私慾の妨によりて、過をなすこと多し。人聖人にあらず、誰も過多し。過と知らば、速かに改めて善にうつるべし。吝なるべからず。吝なりとは、過ををしみて改めかぬるを云ふ。凡私慾邪念と、気質の偏と、過と、此三の者ありては心術を害す。心を正しくし、道を行はんとすれども、是等の過悪ありて去らざれば、徳にすすむべきやうなし。たとへば田を作るに莠を去らざれば、水をそそぎ、こやししても、莠のみ茂りて、苗に益なし。まづ莠をさりて、水と肥を用ふるが如し。又身の病を去りて後、補養するが如し。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一人の性もと善なれば、悪をする心もとより無しといへども、利害喜怒愛憎の私欲にひかれて、悪心生じ、悪事を行ふ。故に善をする人常に少なく、悪をする者つねに多し。わが心の中をかへりみて、其悪のおこる所を求め去りて、善心の生ずるを育て、おしひろめ行ふべし。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一人の性は本善なれども、凡人は気質と人欲に妨げられて善を失ふ。気質とは生れつきを云ふ。人欲とは、人の身の耳目口体に好むことの、よき程に過るを云ふ。生れつき悪しければ人欲行はれやすし。さればすべて人たる者は、古のひじりの教を学んで、人となれる道を知り、気質の悪しきくせを改め、人欲の妨を去りて、本性の善にかへるべし。是学問の道なり。故にいにしへの聖人、をしへを立て、天下の人に学ばしめ給ふは、人の性皆善なる故、学んで善にかへる道あればなり。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一およそ人聖人にあらざれば、必あしき生れつきの癖あり。是気質の偏なり。故に身ををさむる道は他なし、ただ我が気質の悪しき所をみづから察し、人にいはせて聞き、其偏なる悪しき所にかちて、改め去るべし。かくの如くせずして、生れつきて偏なる所にまかせぬれば、心正しからずして身をさまらず。書をよみ学問し、道を好み行ふと思ふも、皆我が気質の偏なることを行ふ故に、いたづら事となる。気質の偏の害となる事、たとへば田を作るに莠あるがごとし。苗を植ゑて、水をそそぎ肥しても、莠を去らざれば苗長ぜず。水と肥との養も、皆莠のためになりて、いたづら事なり。故にわが気質の悪しき所を知りて改むる事、これ学問する人の、専つとむべき事なり。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一過は必気質の偏よりおこる。剛なる人は、心つよき所より過おこり、柔なる人は、心よわき所より過おこる。気質の偏なる所に克ちて、過なからん事を求むべし。学者つねに我が気質の偏を察し、其過をかへりみて改むべし。かくの如くせざれば、学問の益なし。是学者の専らつとめ行ふべき所なり。過を改むるは、気質の偏に克つ道なり。気質の偏なる所には克ちがたし。常につとめて、十分の力を用ふべし。
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