大和俗訓 / 巻之二・為学下
一およそ人聖人にあらざれば、必あしき生れつきの癖あり。是氣質の偏なり。故に身ををさむる道は他なし、たゞ我が氣質の惡しき所をみづから察し、人にいはせて聞き、其偏なる惡しき所にかちて、改め去るべし。かくの如くせずして、生れつきて偏なる所にまかせぬれば、心正しからずして身をさまらず。書をよみ學問し、道を好み行ふと思ふも、皆我が氣質の偏なることを行ふ故に、いたづら事となる。氣質の偏の害となる事、たとへば田を作るに莠あるがごとし。苗を植ゑて、水をそゝぎ肥しても、莠を去らざれば苗長ぜず。水と肥との養も、皆莠のためになりて、いたづら事なり。故にわが氣質の惡しき所を知りて改むる事、これ學問する人の、專つとむべき事なり。
新字:一およそ人聖人にあらざれば、必あしき生れつきの癖あり。是気質の偏なり。故に身ををさむる道は他なし、たゞ我が気質の悪しき所をみづから察し、人にいはせて聞き、其偏なる悪しき所にかちて、改め去るべし。かくの如くせずして、生れつきて偏なる所にまかせぬれば、心正しからずして身をさまらず。書をよみ学問し、道を好み行ふと思ふも、皆我が気質の偏なることを行ふ故に、いたづら事となる。気質の偏の害となる事、たとへば田を作るに莠あるがごとし。苗を植ゑて、水をそゝぎ肥しても、莠を去らざれば苗長ぜず。水と肥との養も、皆莠のためになりて、いたづら事なり。故にわが気質の悪しき所を知りて改むる事、これ学問する人の、専つとむべき事なり。
書き下し
一およそ人聖人にあらざれば、必あしき生れつきの癖あり。是気質の偏なり。故に身ををさむる道は他なし、ただ我が気質の悪しき所をみづから察し、人にいはせて聞き、其偏なる悪しき所にかちて、改め去るべし。かくの如くせずして、生れつきて偏なる所にまかせぬれば、心正しからずして身をさまらず。書をよみ学問し、道を好み行ふと思ふも、皆我が気質の偏なることを行ふ故に、いたづら事となる。気質の偏の害となる事、たとへば田を作るに莠あるがごとし。苗を植ゑて、水をそそぎ肥しても、莠を去らざれば苗長ぜず。水と肥との養も、皆莠のためになりて、いたづら事なり。故にわが気質の悪しき所を知りて改むる事、これ学問する人の、専つとむべき事なり。
現代語訳
およそ人は聖人でない限り、必ず悪い生まれつきの癖があります。これが気質の偏りです。ですから身を修める道はほかでもなく、ただ自分の気質の悪いところを自ら察し、人に言ってもらって聞き、その偏った悪いところに打ち勝って改め去るべきです。こうせずに、生まれつきの偏ったところに任せておけば、心は正しくなく身は修まりません。書を読み学問し、道を好み行っているつもりでも、みな自分の気質の偏ったことを行っているので、無駄ごとになります。気質の偏りが害となることは、たとえば田を作るのに雑草があるようなものです。苗を植えて水を注ぎ肥料をやっても、雑草を取り除かなければ苗は育ちません。水や肥料の養分もみな雑草のためになって、無駄ごとになります。ですから自分の気質の悪いところを知って改めることは、学問する人がもっぱら努めるべきことです。
解説
この章句が説くこと
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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