大和俗訓 / 巻之三・心術上
是皆氣質の偏なり、心を害す。凡氣質のあしき所を變化する事、きはめてかたし。平生心を用ひて、是に勝たずんばあるべからず。又過あらば速かに改むべし。過とは巧みて惡をするにはあらず、是非を知らずして、不意に道理にそむくをいふ。氣質の偏により、私慾の妨によりて、過をなすこと多し。人聖人にあらず、誰も過多し。過と知らば、速かに改めて善にうつるべし。吝なるべからず。吝なりとは、過ををしみて改めかぬるを云ふ。凡私慾邪念と、氣質の偏と、過と、此三の者ありては心術を害す。心を正しくし、道を行はんとすれども、是等の過惡ありて去らざれば、德にすゝむべきやうなし。たとへば田を作るに莠を去らざれば、水をそゝぎ、こやししても、莠のみ茂りて、苗に益なし。まづ莠をさりて、水と肥を用ふるが如し。又身の病を去りて後、補養するが如し。
新字:是皆気質の偏なり、心を害す。凡気質のあしき所を変化する事、きはめてかたし。平生心を用ひて、是に勝たずんばあるべからず。又過あらば速かに改むべし。過とは巧みて悪をするにはあらず、是非を知らずして、不意に道理にそむくをいふ。気質の偏により、私慾の妨によりて、過をなすこと多し。人聖人にあらず、誰も過多し。過と知らば、速かに改めて善にうつるべし。吝なるべからず。吝なりとは、過ををしみて改めかぬるを云ふ。凡私慾邪念と、気質の偏と、過と、此三の者ありては心術を害す。心を正しくし、道を行はんとすれども、是等の過悪ありて去らざれば、徳にすゝむべきやうなし。たとへば田を作るに莠を去らざれば、水をそゝぎ、こやししても、莠のみ茂りて、苗に益なし。まづ莠をさりて、水と肥を用ふるが如し。又身の病を去りて後、補養するが如し。
書き下し
是皆気質の偏なり、心を害す。凡気質のあしき所を変化する事、きはめてかたし。平生心を用ひて、是に勝たずんばあるべからず。又過あらば速かに改むべし。過とは巧みて悪をするにはあらず、是非を知らずして、不意に道理にそむくをいふ。気質の偏により、私慾の妨によりて、過をなすこと多し。人聖人にあらず、誰も過多し。過と知らば、速かに改めて善にうつるべし。吝なるべからず。吝なりとは、過ををしみて改めかぬるを云ふ。凡私慾邪念と、気質の偏と、過と、此三の者ありては心術を害す。心を正しくし、道を行はんとすれども、是等の過悪ありて去らざれば、徳にすすむべきやうなし。たとへば田を作るに莠を去らざれば、水をそそぎ、こやししても、莠のみ茂りて、苗に益なし。まづ莠をさりて、水と肥を用ふるが如し。又身の病を去りて後、補養するが如し。
現代語訳
これはみな気質の偏りであり、心を損ないます。およそ気質の悪いところを変えることは、きわめて難しいものです。ふだんから心を用いて、これに打ち勝たなければなりません。また過ちがあれば、すぐに改めるべきです。過ちとは、たくらんで悪をすることではなく、是非を知らずに、思いがけず道理に背くことをいいます。気質の偏りにより、私欲の妨げによって、過ちをすることが多いのです。人は聖人ではありませんから、誰でも過ちは多いものです。過ちと分かったら、すぐに改めて善に移るべきです。吝であってはいけません。吝とは、過ちを惜しんで改めかねることをいいます。およそ私欲・邪念と、気質の偏りと、過ちと、この三つがあっては、心のあり方を損ないます。心を正しくし、道を行おうとしても、これらの過ちや悪があって取り去らなければ、徳に進みようがありません。たとえば田を作るのに雑草を取らなければ、水を注ぎ肥料をやっても、雑草ばかり茂って苗の益になりません。まず雑草を取ってから、水と肥料を用いるようなものです。また体の病を取り去ってから、栄養をつけるようなものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四天に在りては神と為し、人に在りては心と為す。蓋し能く造化を為す者は神なり、天の心為り。能く万事を行ふ者は心なり、人の神為り。天に在ると人に在ると、其の理同じく、其の類一なり。聖人に非ざるよりは、大賢と雖も偏蔽と過誤と無きこと能はず。若し之無ければ、則ち是れ聖人のみ。諸を日月の明に譬ふ。時有りて浮雲に蔽はる。然れども其の大明に於て、虧損する所無し。故に賢者は蔽はるる所有り、且つ過失有りと雖も、然れども其の蔽はるる所を開き、其の過ちを改むれば、則ち其の賢為るを失はず。
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『五常訓』巻之四・礼一君子は、耳に非礼の音楽淫声をきかず。目に非礼なる見物を見ず。口に非礼の事をいはず。身に非礼のうごきをなさず。飲食を慎み、節にして過さず。皆是礼の制する所なり。一口の過なきより、身の過なきは難く、身の過なきより、心の過なき事は難し。三のもの、ともに礼を以て正さずんばあるべからず。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一よき人は、心を用ふる事多き故、事ごとによくをさまりて、過すくなし。よからざる人は、心を用ひずして、過多し。下部などの、智慮なくして、用にかなはざるは、皆心を用ひざればなり。心を用ふるとは何事ぞや、思案するを云ふなり。
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論語・子張篇子貢曰く、君子の過ちや、日月の食の如し。過つや、人皆之を見る。更むるや、人皆之を仰ぐ。
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論語・述而篇陳の司敗問う、「昭公は礼を知れるか。」孔子対えて曰く、「礼を知れり。」孔子退く。巫馬期に揖して之を進めて曰く、「吾聞く、君子は党せずと。君子も亦た党するか。君、呉に取りて同姓と為す。之を呉孟子と謂う。君にして礼を知らば、孰か礼を知らざらん。」巫馬期以て告ぐ。子曰く、「丘や幸いなり。苟くも過ち有れば、人必ず之を知る。」
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尉繚子・兵教下太上は過ち無く、其の次は過ちを補う。
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