大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一人の性もと善なれば、惡をする心もとより無しといへども、利害喜怒愛憎の私欲にひかれて、惡心生じ、惡事を行ふ。故に善をする人常に少なく、惡をする者つねに多し。わが心の中をかへりみて、其惡のおこる所を求め去りて、善心の生ずるを育て、おしひろめ行ふべし。
新字:一人の性もと善なれば、悪をする心もとより無しといへども、利害喜怒愛憎の私欲にひかれて、悪心生じ、悪事を行ふ。故に善をする人常に少なく、悪をする者つねに多し。わが心の中をかへりみて、其悪のおこる所を求め去りて、善心の生ずるを育て、おしひろめ行ふべし。
書き下し
一人の性もと善なれば、悪をする心もとより無しといへども、利害喜怒愛憎の私欲にひかれて、悪心生じ、悪事を行ふ。故に善をする人常に少なく、悪をする者つねに多し。わが心の中をかへりみて、其悪のおこる所を求め去りて、善心の生ずるを育て、おしひろめ行ふべし。
現代語訳
人の性はもともと善なので、悪をする心はもとよりないのですが、利害・喜怒・愛憎の私欲にひかれて、悪心が生じ、悪事を行います。だから善をする人はいつも少なく、悪をする者はいつも多いのです。自分の心の中をかえりみて、その悪の起こるところを求めて去り、善心の生じるのを育てて、推し広め行いなさい。
解説
孟子の性善説にもとづき、人の本性は善だが、損得や感情、好き嫌いといった私欲に引かれて悪が生じると説明しています。だから自分の心を見つめ、悪の芽がどこから出ているかを探って取り除き、善の芽を育てて広げよというのです。孟子が説いた、四端の心を拡充するという考え方です。人を責めたくなったときや、誘惑に負けそうなとき、その気持ちがどんな私欲から出ているのかを見きわめる習慣は、自分を律するための実践的な手がかりになります。
この章句が説くこと
性善私欲善孟子心
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