大和俗訓 / 巻之七・躬行下
一三煩とは、むつかしき事をきらはずして、堪忍してつとめ行ふを云ふ。もし孝弟忠信など諸のつとめをむつかしとて怠り、人の附託をうけて、いたづがはしとて、おろそかにするものは、善を行ひ遂げず。是善を好まざればなり。わが好むことは、夜つとめても勞せず。何事も、勤をむつかしとて苦しむ者は、氣むすぼれて必病おこる。
新字:一三煩とは、むつかしき事をきらはずして、堪忍してつとめ行ふを云ふ。もし孝弟忠信など諸のつとめをむつかしとて怠り、人の附託をうけて、いたづがはしとて、おろそかにするものは、善を行ひ遂げず。是善を好まざればなり。わが好むことは、夜つとめても労せず。何事も、勤をむつかしとて苦しむ者は、気むすぼれて必病おこる。
書き下し
一三煩とは、むつかしき事をきらはずして、堪忍してつとめ行ふを云ふ。もし孝弟忠信など諸のつとめをむつかしとて怠り、人の附託をうけて、いたづがはしとて、おろそかにするものは、善を行ひ遂げず。是善を好まざればなり。わが好むことは、夜つとめても労せず。何事も、勤をむつかしとて苦しむ者は、気むすぼれて必病おこる。
現代語訳
三煩とは、面倒なことを嫌わずに、堪忍して努め行うことをいいます。もし孝弟忠信など諸々の務めを面倒だとして怠り、人から頼みごとを受けて、わずらわしいとしておろそかにする者は、善を行い遂げません。これは善を好まないからです。自分の好むことは、夜まで努めても疲れません。何事も、務めを面倒だとして苦しむ者は、気がふさがって必ず病が起こります。
解説
面倒なことを嫌がらず、辛抱強く取り組むことを「三煩」と呼んでいます。親孝行や人から頼まれた用事を面倒がっておろそかにするのは、結局善を好んでいない証拠だと益軒は言います。好きなことなら夜まで続けても疲れないのだから、善を本当に好めば面倒には感じないはずだというのです。さらに、嫌々取り組むと気がふさいで病気になるという指摘は、ストレスと健康の関係を見抜いたものです。気の持ちようで同じ仕事も楽にも苦にもなることを教えています。
この章句が説くこと
堪忍勤勉善孝健康
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