大和俗訓 / 巻之七・躬行下
一富貴の人善を好めば、富貴の力によつて人をすくひ、善を行ふこと廣し。是まことに樂多かるべし。富貴にして善を好まざれば、富貴の力によつて、おごりて人をくるしめ、惡を行ふこと廣し。かくの如くなれば、富貴なるもかへつて禍となり、貧賤におとる。何の樂かあらん。貧賤なる人、もし艱難によりて、よく身をつゝしみて、過をあらため、善をつとめ行はゞ、禍なくして、樂多かるべし。かくのごとくなれば、貧賤なるもかへつて福となり、富貴にまさる。敏事とは、行ふべき事を、油斷なくするどに勤めて行ふを云ふ。何事もつとめずして怠れば、事行はれず。行へどもはかゆかずして、なすこと成就せず。よく事をつとむる者は、事を急かざれども、おこたりなき故、一日に十日の事をなす。おこたる者は、十日にたゞ一日の事をなす。おこたると勤むるとは、其功はるかにかはれり。
新字:一富貴の人善を好めば、富貴の力によつて人をすくひ、善を行ふこと広し。是まことに楽多かるべし。富貴にして善を好まざれば、富貴の力によつて、おごりて人をくるしめ、悪を行ふこと広し。かくの如くなれば、富貴なるもかへつて禍となり、貧賤におとる。何の楽かあらん。貧賤なる人、もし艱難によりて、よく身をつゝしみて、過をあらため、善をつとめ行はゞ、禍なくして、楽多かるべし。かくのごとくなれば、貧賤なるもかへつて福となり、富貴にまさる。敏事とは、行ふべき事を、油断なくするどに勤めて行ふを云ふ。何事もつとめずして怠れば、事行はれず。行へどもはかゆかずして、なすこと成就せず。よく事をつとむる者は、事を急かざれども、おこたりなき故、一日に十日の事をなす。おこたる者は、十日にたゞ一日の事をなす。おこたると勤むるとは、其功はるかにかはれり。
書き下し
一富貴の人善を好めば、富貴の力によつて人をすくひ、善を行ふこと広し。是まことに楽多かるべし。富貴にして善を好まざれば、富貴の力によつて、おごりて人をくるしめ、悪を行ふこと広し。かくの如くなれば、富貴なるもかへつて禍となり、貧賤におとる。何の楽かあらん。貧賤なる人、もし艱難によりて、よく身をつつしみて、過をあらため、善をつとめ行はば、禍なくして、楽多かるべし。かくのごとくなれば、貧賤なるもかへつて福となり、富貴にまさる。敏事とは、行ふべき事を、油断なくするどに勤めて行ふを云ふ。何事もつとめずして怠れば、事行はれず。行へどもはかゆかずして、なすこと成就せず。よく事をつとむる者は、事を急かざれども、おこたりなき故、一日に十日の事をなす。おこたる者は、十日にただ一日の事をなす。おこたると勤むるとは、其功はるかにかはれり。
現代語訳
富貴の人が善を好めば、富貴の力によって人を救い、善を行うことが広い。これはまことに楽しみが多いでしょう。富貴であって善を好まなければ、富貴の力によって、おごって人を苦しめ、悪を行うことが広い。このようであれば、富貴であってもかえって禍となり、貧賤に劣ります。何の楽しみがありましょうか。貧賤な人が、もし艱難によってよく身をつつしみ、過ちを改め、善を努め行えば、禍がなくて楽しみが多いでしょう。このようであれば、貧賤であってもかえって福となり、富貴にまさります。敏事とは、行うべきことを油断なく機敏に努めて行うことをいいます。何事も努めずに怠れば、事は行われません。行ってもはかどらずに、なすことが成就しません。よく事を努める者は、事を急がなくても怠りがないので、一日に十日分のことをします。怠る者は、十日にただ一日分のことをします。怠ることと努めることとは、その功ははるかに違うのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
-
『大和俗訓』巻之七・躬行下一身の禍福は天命に任すべし。人に求むべからず。身の徳行はわが心に求むべし。人を責むべからず。君子は人道の行ふべき法を行ひて、身の上の吉凶は、天命を待つ。是則とすべし。一人のために益ある善事を、毎日多く行ふべし。其善事とは、富貴なる人は、人に施しすくふこと自由にして、ひろく行ひやすし。心にかけて行はば、其功大に、其楽もまた大なるべし。貧賤なる者も、志だにあれば、所にしたがひ、時にしたがひて、人の利益となること多し。わが家の内、または外なる道に、人の往来に足にさはりとなる物あれば、これをのけて他所へうつし、のんどかわく人には一盃の水をあたへ、つかれたる者に一椀の食をあたふる、かやうの類、少なる事ながら、人の益になる事きはまりなし。上は王公より、下は庶人乞丐にいたるまで、皆行ふべし。年久しく積行はば、其善大にして、きはまりなかるべし。常は善を行ふを以て、楽とすべし。
-
『大和俗訓』巻之七・躬行下一古語に、つとむれば貧にかち、慎めば禍にかつといへり。いふ意は、つとむる人は必富む。つつしむ人は必禍なし。一過ぎにし事を思へば、あやまり多くして、くやしき事多けれど、一たびあやまりて返らざる事は、悔のやちたび悲めども益なし。今より後をつつしみて、過なく悔なからん事を思ふべし。又あやまりて後、はやく改むれば、過なくなる事多し。易に所謂、遠からずしてかへる、悔にいたる事無きなり。万の事、はじめによく慎みおもんばかりて、後悔なからん事を思ふべし。はじめに思慮なければ、あやまりて悔あり。終りを始めに慎むと、尚書にいへり。
-
『大和俗訓』巻之六・躬行上其費を以て貧人をやしなはば、大なる利益なるべし。善を行ふとは、ただ人の利益になることを行ふにあり。人を利益すれば、天地神明の御心にかなひて、つひに其むくいありて、さいはひを得る理古来そのためし多し。およそ善を行ひて人をすくふこと、上は王公より、下は乞丐にいたるまで、行ふべき道あり。富貴貧賤によらず、ただ善を行ふ志だにあらば、善行はれずといふことなし。善を行ふべき時にあたりて、心をつくすべし。怠るべからず。まづしく賤しき人も、仁に志して行へば、其身に応じ、日々に人に利益あること多し。いはんや富貴の人其志あれば、人を救ふことひろく、其功大なり。たかきも賤しきも、怠なく久しく行へば、善をつむこと限りなし。
-
『大和俗訓』巻之六・躬行上一世俗は、耳目口腹の欲をほしいままにするを楽とす。しからざれば、わが身人と生れ、富貴なるかひなしと云ふ。是まことに世俗のいやしき志なり。人の道を知り、善を行ひ、道にしたがひ、人をすくふほどの楽此世の中に何かあるべきや。たかき賤しき、ただ善を行ひ、道にしたがふを以て、楽とすべし。天理にしたがひ、人道を行ひて、人をあはれむを以て、楽とせずして、そぞろなる俗楽をねがふは、富貴の人といへども、誠に不幸なる人と云ふべし。ことさら富貴の人は、貧困なるものをあはれみ、施すことを楽むべし。是富貴を得たる福徳なり。然らざれば、富貴を得たるかひなし。耳目口腹の欲も、よき程なるは、道にそむかずして楽となる。よきほどに過ぎて、欲をほしいままにするは、身のわざはひとなり、人に害ありて、楽にあらず、却てうれひとなる。
-
『大和俗訓』巻之四・心術下一善をなすに、人の誹をおそれて止むるは、善を好むこと誠あらざるなり。小人財と色とを好むには、人のそしりをかへりみず。是好むこと誠あればなり。学者の善をなすことも、亦かくの如くなるべし。一凡わが身にある事をたのめば、必身の禍となる。才をたのめば、人をないがしろにして、人にやぶらる。勇をたのめば、人をあなどりて、人にほろぼさる。気力をたのめば、慾をほしいままにして、病おこり、命をうしなふ。勢をたのめば、おごりて亡ぶ。智をたのめば、身にほこりてあやまる。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る