大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一世俗は、耳目口腹の欲をほしいまゝにするを樂とす。しからざれば、わが身人と生れ、富貴なるかひなしと云ふ。是まことに世俗のいやしき志なり。人の道を知り、善を行ひ、道にしたがひ、人をすくふほどの樂此世の中に何かあるべきや。たかき賤しき、たゞ善を行ひ、道にしたがふを以て、樂とすべし。天理にしたがひ、人道を行ひて、人をあはれむを以て、樂とせずして、そゞろなる俗樂をねがふは、富貴の人といへども、誠に不幸なる人と云ふべし。ことさら富貴の人は、貧困なるものをあはれみ、施すことを樂むべし。是富貴を得たる福德なり。然らざれば、富貴を得たるかひなし。耳目口腹の欲も、よき程なるは、道にそむかずして樂となる。よきほどに過ぎて、欲をほしいまゝにするは、身のわざはひとなり、人に害ありて、樂にあらず、却てうれひとなる。
新字:一世俗は、耳目口腹の欲をほしいまゝにするを楽とす。しからざれば、わが身人と生れ、富貴なるかひなしと云ふ。是まことに世俗のいやしき志なり。人の道を知り、善を行ひ、道にしたがひ、人をすくふほどの楽此世の中に何かあるべきや。たかき賤しき、たゞ善を行ひ、道にしたがふを以て、楽とすべし。天理にしたがひ、人道を行ひて、人をあはれむを以て、楽とせずして、そゞろなる俗楽をねがふは、富貴の人といへども、誠に不幸なる人と云ふべし。ことさら富貴の人は、貧困なるものをあはれみ、施すことを楽むべし。是富貴を得たる福徳なり。然らざれば、富貴を得たるかひなし。耳目口腹の欲も、よき程なるは、道にそむかずして楽となる。よきほどに過ぎて、欲をほしいまゝにするは、身のわざはひとなり、人に害ありて、楽にあらず、却てうれひとなる。
書き下し
一世俗は、耳目口腹の欲をほしいままにするを楽とす。しからざれば、わが身人と生れ、富貴なるかひなしと云ふ。是まことに世俗のいやしき志なり。人の道を知り、善を行ひ、道にしたがひ、人をすくふほどの楽此世の中に何かあるべきや。たかき賤しき、ただ善を行ひ、道にしたがふを以て、楽とすべし。天理にしたがひ、人道を行ひて、人をあはれむを以て、楽とせずして、そぞろなる俗楽をねがふは、富貴の人といへども、誠に不幸なる人と云ふべし。ことさら富貴の人は、貧困なるものをあはれみ、施すことを楽むべし。是富貴を得たる福徳なり。然らざれば、富貴を得たるかひなし。耳目口腹の欲も、よき程なるは、道にそむかずして楽となる。よきほどに過ぎて、欲をほしいままにするは、身のわざはひとなり、人に害ありて、楽にあらず、却てうれひとなる。
現代語訳
世俗は、耳目口腹の欲をほしいままにすることを楽しみとします。そうでなければ、わが身が人と生まれ、富貴であるかいがないと言います。これはまことに世俗のいやしい志です。人の道を知り、善を行い、道に従い、人を救うほどの楽しみが、この世の中にほかに何があるでしょうか。身分の高い人も低い人も、ただ善を行い、道に従うことを楽しみとしなさい。天理に従い、人の道を行い、人をあわれむことを楽しみとせずに、とりとめのない俗な楽しみを願うのは、富貴の人であっても、まことに不幸な人と言うべきです。とりわけ富貴の人は、貧困な者をあわれみ、施すことを楽しみなさい。これが富貴を得た福徳です。そうでなければ、富貴を得たかいがありません。耳目口腹の欲も、ほどよいものは道にそむかずに楽しみとなります。ほどよさを過ぎて欲をほしいままにするのは、身の災いとなり、人に害があって、楽しみではなく、かえって憂いとなります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之四一すべて、世俗は、耳目口腹の慾を、恣にするを楽とす。然らざれば、大富貴を得てもかひなしといふ。是、まことに小人の心なり。其志むげにいやしむべし。かかるいやしき楽を志とし、酒食色慾を恣にする人は、必ず財つきて貧窮に苦み、人を妨げ、恥辱をとりて、名を失ひ、元気衰へ、病生じて、命をうしなふ。いはんや禍となり、富貴をうしなふ。悲むべし、何ぞ楽とすべきや。道を行ひ、人を救ひ、分を安んじ、理に従ふほどの楽、此世の中に、何かあるべきや。尊き卑しき、ただ是を以て楽とすべし。道を行ひ人をすくふを楽とせずして、あだなる世俗の楽を願ふは、大富貴を得たりとも、誠に不幸なる人といふべし。富貴の人は、ことさら身の慾を、慎みほしいままにせず、貧困なる者をあはれみ施すことを楽むべし。耳目口腹の慾を恣にすれば、道に背きて楽を失ひ、却つて禍となる。大富貴の人といへども、財を費し尽して、困窮のうれへ遁れがたし。いはんや慾をほしいままにすれば、名を汚し、財禄と官位を失ひ、病を生じ、身を苦めて命をうしなふ。わざはひ是より大なるはなし。
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『楽訓』巻之上・総論一世の中に、同じく人とむまれて、飢ゑこごゆる人亦多し。其不幸あはれむべし。我が身余財あらば、かかる貧人に施しすくひて、自ら楽み、人を楽ましむべし。人間世の楽は、みづから善を楽み、人をすくひて善をするに越えたる楽はなし。おごりて益なき事に財を多くつひやすは、浮気のなすわざ、甚をしむべし。よく思ひて、楽にはあらざることを知るべし。富める人のおごりて、一日一事につひやせる財を用ひなば、千万人の飢を助くるにも猶余あるべし。然れば百人のうゑをすくふは、財おほく費さずしても、すくひ易くて、其益大なり。是を以て、大富人ならざれども、仁心だにあらば、眼前に人のうゑこごえぬるを助くる程の恵は、行ひやすかるべし。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一富貴をきはむといふとも、人欲だにあらば、其願つくる事なくて、貧賤にして慾すくなきに劣るべし。理義の楽は、位なくして貴く、禄なくして富めり。其楽きはまりなし。いかんとなれば、内に楽ありて、外に願なければなり。
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『楽訓』巻之上・総論一世の人、まどしくしては憂ひ苦み、富貴をうらやみて楽なく、富貴にしてはおごり怠りて、欲をほしいままにし、財をつひやして、楽を求むれど、欲にやぶられて、かへりて自らくるしみ、人を苦ましむ。すべて富貴も貧賤も、其ねがひ外にありて、内に道を得ざれば、苦のみにて楽なし。
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『初学訓』巻之四一富貴の人は、其力に随ひて、ひろく人を恵み助くべし。人生の楽は、人の苦を救ひて、人を楽ましむることにあり。貧窮にして、人を助くる力なくとも、善をする志だにあらば、其功あるべし。人に善を勧め、悪を止めさせ、人の害を除き、人の心を和ぐるは、必ず財をもちひずとも行はる。もし、余財あらば、無用のつひえをせずして、人の艱難を救ふべし、財を惜むべからず。程子の、財を惜みては、善を行ふことなり難しといへるも、まことに然り。財は多けれど、をしみて人を救はざるは、不仁の人なり、善を行ふこと難し。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上其費を以て貧人をやしなはば、大なる利益なるべし。善を行ふとは、ただ人の利益になることを行ふにあり。人を利益すれば、天地神明の御心にかなひて、つひに其むくいありて、さいはひを得る理古来そのためし多し。およそ善を行ひて人をすくふこと、上は王公より、下は乞丐にいたるまで、行ふべき道あり。富貴貧賤によらず、ただ善を行ふ志だにあらば、善行はれずといふことなし。善を行ふべき時にあたりて、心をつくすべし。怠るべからず。まづしく賤しき人も、仁に志して行へば、其身に応じ、日々に人に利益あること多し。いはんや富貴の人其志あれば、人を救ふことひろく、其功大なり。たかきも賤しきも、怠なく久しく行へば、善をつむこと限りなし。
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