大和俗訓 / 巻之七・躬行下
一順境とは、思のまゝなる境界を云ふ。逆境とは、思ふやうにならざる境界を云ふ。世間の事、順境に居るはやすく、逆境に居るはかたし。故に逆境に居れば、敬畏出來て、身の過すくなくして、かへつて福となる。順境に居れば、驕怠の心出來て、身の過多くして、身の禍となる。たとへば高に登るものは倒れがたし。勢逆にして難ければなり。ひきゝに下るものは倒れやすし。勢順にしてやすければなり。孟子の、憂患に生きて安樂に死ぬるとのたまふも、此意なり。うれひおそれあれば、生命をたもつ。安樂にして放逸なれば、死をまぬかれがたし。敵ある國は長久し、敵なき國はかへつて亡びやすきが如し。
新字:一順境とは、思のまゝなる境界を云ふ。逆境とは、思ふやうにならざる境界を云ふ。世間の事、順境に居るはやすく、逆境に居るはかたし。故に逆境に居れば、敬畏出来て、身の過すくなくして、かへつて福となる。順境に居れば、驕怠の心出来て、身の過多くして、身の禍となる。たとへば高に登るものは倒れがたし。勢逆にして難ければなり。ひきゝに下るものは倒れやすし。勢順にしてやすければなり。孟子の、憂患に生きて安楽に死ぬるとのたまふも、此意なり。うれひおそれあれば、生命をたもつ。安楽にして放逸なれば、死をまぬかれがたし。敵ある国は長久し、敵なき国はかへつて亡びやすきが如し。
書き下し
一順境とは、思のままなる境界を云ふ。逆境とは、思ふやうにならざる境界を云ふ。世間の事、順境に居るはやすく、逆境に居るはかたし。故に逆境に居れば、敬畏出来て、身の過すくなくして、かへつて福となる。順境に居れば、驕怠の心出来て、身の過多くして、身の禍となる。たとへば高に登るものは倒れがたし。勢逆にして難ければなり。ひききに下るものは倒れやすし。勢順にしてやすければなり。孟子の、憂患に生きて安楽に死ぬるとのたまふも、此意なり。うれひおそれあれば、生命をたもつ。安楽にして放逸なれば、死をまぬかれがたし。敵ある国は長久し、敵なき国はかへつて亡びやすきが如し。
現代語訳
順境とは、思いどおりになる境遇をいいます。逆境とは、思うようにならない境遇をいいます。世間のことは、順境にいるのはやさしく、逆境にいるのは難しい。けれども逆境にいれば、敬い恐れる心が生じて、身の過ちが少なくなり、かえって福となります。順境にいれば、おごり怠る心が生じて、身の過ちが多くなり、身の禍となります。たとえば高いところに登る者は倒れにくい。勢いが逆で難しいからです。低いところに下る者は倒れやすい。勢いが順でやさしいからです。孟子が「憂患に生き、安楽に死す」と言われたのも、この意味です。憂い恐れがあれば生命を保ちます。安楽で気ままであれば、死を免れがたい。敵のある国は長く続き、敵のない国はかえって滅びやすいようなものです。
解説
この章句が説くこと
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