大和俗訓 / 巻之七・躬行下
其事の外に心をめぐらし、其變を考へて、二たび思ふべし。孔子曰、人遠き慮なければ、必近き憂あり。さしあたりたる事を思ふは言ふに及ばず、後の事を思ひはかり、あやまり無く、悔無からん事を思ふべし。たとへば古語に、旱に簔笠を備ふべしといへる如く、唯今宿を出でて他所に行くに、天晴れ日和よくして、雨ふるまじき景色なりとも、遠き所に行かば、天變はかり難ければ、簔笠を持ち行くべし。たとひ天氣よく雨ふらずとも、簑笠もたる、いたづがはしきのみにて、さほどの妨にあらず。若思はざるに雨ふりなば、ぬれそぼちて衣ぬらすのみかは、心をいたましめ、身を苦ましめ、折節人にも用あるべき簔笠を乞ひかりて、又もたせ返すも、我人のためいたづがはし。
新字:其事の外に心をめぐらし、其変を考へて、二たび思ふべし。孔子曰、人遠き慮なければ、必近き憂あり。さしあたりたる事を思ふは言ふに及ばず、後の事を思ひはかり、あやまり無く、悔無からん事を思ふべし。たとへば古語に、旱に簔笠を備ふべしといへる如く、唯今宿を出でて他所に行くに、天晴れ日和よくして、雨ふるまじき景色なりとも、遠き所に行かば、天変はかり難ければ、簔笠を持ち行くべし。たとひ天気よく雨ふらずとも、簑笠もたる、いたづがはしきのみにて、さほどの妨にあらず。若思はざるに雨ふりなば、ぬれそぼちて衣ぬらすのみかは、心をいたましめ、身を苦ましめ、折節人にも用あるべき簔笠を乞ひかりて、又もたせ返すも、我人のためいたづがはし。
書き下し
其事の外に心をめぐらし、其変を考へて、二たび思ふべし。孔子曰、人遠き慮なければ、必近き憂あり。さしあたりたる事を思ふは言ふに及ばず、後の事を思ひはかり、あやまり無く、悔無からん事を思ふべし。たとへば古語に、旱に簔笠を備ふべしといへる如く、唯今宿を出でて他所に行くに、天晴れ日和よくして、雨ふるまじき景色なりとも、遠き所に行かば、天変はかり難ければ、簔笠を持ち行くべし。たとひ天気よく雨ふらずとも、簑笠もたる、いたづがはしきのみにて、さほどの妨にあらず。若思はざるに雨ふりなば、ぬれそぼちて衣ぬらすのみかは、心をいたましめ、身を苦ましめ、折節人にも用あるべき簔笠を乞ひかりて、又もたせ返すも、我人のためいたづがはし。
現代語訳
そのことの外にも心をめぐらし、その変化を考えて、二度思いなさい。孔子は「人遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり」と言われました。差し当たりのことを思うのは言うまでもなく、後のことを思いはかって、誤りなく、悔いがないようにと思いなさい。たとえば古語に「日照りのときに蓑笠を備えよ」とあるように、いま宿を出てよそへ行くのに、空が晴れて天気がよく、雨の降りそうもない景色でも、遠いところへ行くなら、天候の変化ははかりがたいので、蓑笠を持って行きなさい。たとえ天気がよく雨が降らなくても、蓑笠を持つのはわずらわしいだけで、それほどの妨げではありません。もし思いがけず雨が降れば、濡れそぼって衣を濡らすだけでなく、心を痛め、身を苦しめ、ときには人にも用があるはずの蓑笠を乞い借りて、また持たせて返すのも、自分にとっても人にとってもわずらわしいことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志後録 第二百二十九条 案を立て両路を開く器物は必ず正副有りて、而る後に欠事無し。凡そ将に一事を区処せんとするにも、亦当に案を立て両路を開くこと、正副の如く然るべし。
-
『家道訓』巻之六・用財下一貧家に男子多くば、かねて早く産業を立つる計をなすべし。貧家に女子生れば、早く心づかひして、嫁する時の装具をととのふるはかりごとを為すべし。女子生れし時、杉を万根うゑて、其の長ずる時、ひさぎて嫁する助とせしためしも有り。桐を多くうゑて、女子の装を助くる者、今もあり。後の事をかねて早く計りて、俄につまづかざる謀をなすべし。家まどしくてかねて用意なければ、女子の嫁する時にのぞんで、俄に其のつひえの財を求め得ることかたし。
-
『大和俗訓』巻之六・躬行上一尚書、備へ有れば患ひ無しといへり。言ふ意は、万の心、かねて早く用意をすれば、にはかなる事にあひても、患なしとなり。つねに武を心がくる人は、無事の時の用意ある故、俄に兵乱ありても、行きあたりて患なし。常に倹約して、財をたくはへあれば、にはかなる変にあひても困窮せず。其余の諸事、皆かくの如し。当時のつひえをはぶき、私欲をこらへて、後の用意をしおくべし。常の時に、変にあへる時の覚悟なければ、不意に変にあひてつまづく。明日のことは、今日より心を用ふ。来年のことは、今年より心を用ふ。一生の事は唯今よりつとむべし。すべて万の事、後悔なきやうに、かねて思ひはかるべし。人遠き慮なければ、必近きうれひありと、聖人のたまへり。
-
『大和俗訓』巻之七・躬行下一今日は明日の計をなし、今月は来月の計をなし、今年は来年の計をなし、平生は一生の計をなし、生前に早く死後の計をなすべし。おこたるべからず。一明日行ふべき事あらば、必今日より其事を思ひはかりて定むべし。明朝使をつかはし、文をおくらんと思はば、今夕より書きととのへて、使を命ずべし。其日の事を其日はじめて思案しいとなめば、はかゆかず、事にのぞみて、或はさまたげ出来、まぎらはしくて過多し。
-
葉隠・聞書第一覺りの士というのは、事に逢って仕(し)たるように、前方に、それぞれの仕様(しよう)を吟味し置いて、その時に出合い、仕果(しはた)す者である。不覺の士というのは、その時に至って前方に穿鑿せぬのは、不覺の士と申す。
-
『墨子』公孟子墨子、公孟子に謂いて曰く、「喪禮は、君と父母と妻と後子と死すれば、三年の喪服、伯父・叔父・兄弟は期、族人は五月、姑・姊・甥は皆な數月の喪有り。或いは喪せざるの間を以て、詩三百を誦し、詩三百を歌い、詩三百を舞う。若し子の言を用いば、則ち君子は何れの日を以て聴治せん。庶人は何れの日を以て事に従わん」と。公孟子曰く、「國亂るれば則ち之を治め、治まれば則ち禮樂を為す。國治まれば則ち事に従い、國富めば則ち禮樂を為す」と。子墨子曰く、「國の治まるは、之を治むればなり。治むること廢すれば、則ち國の治まるも亦た廢す。國の富むや、事に従えばなり。事に従うこと廢すれば、則ち國の富むも亦た廢す。故に國を治むと雖も、之を勸めて饜くこと無く、然る後に可なり。今、子曰く、『國治まれば則ち禮樂を為し、亂るれば則ち之を治む』と。是れ譬うれば猶お噎して井を穿ち、死して醫を求むるがごときなり。古者、三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、薾に聲樂を為して、其の民を顧みず。是を以て身は刑僇と為り、國は戾虚と為る者は、皆な此の道に従えばなり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る