大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一尙書、有備無患といへり。言ふ意は、萬の心、かねて早く用意をすれば、にはかなる事にあひても、患なしとなり。つねに武を心がくる人は、無事の時の用意ある故、俄に兵亂ありても、行きあたりて患なし。常に儉約して、財をたくはへあれば、にはかなる變にあひても困窮せず。其餘の諸事、皆かくの如し。當時のつひえをはぶき、私欲をこらへて、後の用意をしおくべし。常の時に、變にあへる時の覺悟なければ、不意に變にあひてつまづく。明日のことは、今日より心を用ふ。來年のことは、今年より心を用ふ。一生の事は唯今よりつとむべし。すべて萬の事、後悔なきやうに、かねて思ひはかるべし。人遠き慮なければ、必近きうれひありと、聖人のたまへり。
新字:一尚書、有備無患といへり。言ふ意は、万の心、かねて早く用意をすれば、にはかなる事にあひても、患なしとなり。つねに武を心がくる人は、無事の時の用意ある故、俄に兵乱ありても、行きあたりて患なし。常に倹約して、財をたくはへあれば、にはかなる変にあひても困窮せず。其余の諸事、皆かくの如し。当時のつひえをはぶき、私欲をこらへて、後の用意をしおくべし。常の時に、変にあへる時の覚悟なければ、不意に変にあひてつまづく。明日のことは、今日より心を用ふ。来年のことは、今年より心を用ふ。一生の事は唯今よりつとむべし。すべて万の事、後悔なきやうに、かねて思ひはかるべし。人遠き慮なければ、必近きうれひありと、聖人のたまへり。
書き下し
一尚書、備へ有れば患ひ無しといへり。言ふ意は、万の心、かねて早く用意をすれば、にはかなる事にあひても、患なしとなり。つねに武を心がくる人は、無事の時の用意ある故、俄に兵乱ありても、行きあたりて患なし。常に倹約して、財をたくはへあれば、にはかなる変にあひても困窮せず。其余の諸事、皆かくの如し。当時のつひえをはぶき、私欲をこらへて、後の用意をしおくべし。常の時に、変にあへる時の覚悟なければ、不意に変にあひてつまづく。明日のことは、今日より心を用ふ。来年のことは、今年より心を用ふ。一生の事は唯今よりつとむべし。すべて万の事、後悔なきやうに、かねて思ひはかるべし。人遠き慮なければ、必近きうれひありと、聖人のたまへり。
現代語訳
『尚書』に「備え有れば患い無し」とあります。その意味は、万事の心がけとして、あらかじめ早く用意をしておけば、急なことにあっても患いがない、ということです。いつも武を心がける人は、無事のときの用意があるので、急に戦乱があっても、行き当たって困ることがありません。いつも倹約して財を蓄えておけば、急な変事にあっても困窮しません。そのほかの諸事もみなこのようです。今の出費を省き、私欲をこらえて、後の用意をしておきなさい。平常のときに、変事にあったときの覚悟がなければ、不意に変事にあってつまずきます。明日のことは今日から心を用います。来年のことは今年から心を用います。一生のことは今から努めなさい。すべて万事、後悔のないように、あらかじめ思いはかりなさい。「人遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり」と聖人は言われました。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一覺りの士というのは、事に逢って仕(し)たるように、前方に、それぞれの仕様(しよう)を吟味し置いて、その時に出合い、仕果(しはた)す者である。不覺の士というのは、その時に至って前方に穿鑿せぬのは、不覺の士と申す。
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