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大和俗訓 / 巻之七・躬行下

一人の身になすわざ、何事にも道不在と云ふことなし。坐するには坐するの道あり。臥すには臥すの道あり。行くには行くの道あり。飮食には飮食の道あり。言ふには言ふの道あり。動くには動くの道あり。視るには視るの道あり。聽くには聽くの道あり。道を行はんと思はゞ、事ごとに道あることを思ひて、謹をいたして、しばらくも道を離るべからず。是身を修むる道なり。

新字:一人の身になすわざ、何事にも道不在と云ふことなし。坐するには坐するの道あり。臥すには臥すの道あり。行くには行くの道あり。飲食には飲食の道あり。言ふには言ふの道あり。動くには動くの道あり。視るには視るの道あり。聴くには聴くの道あり。道を行はんと思はゞ、事ごとに道あることを思ひて、謹をいたして、しばらくも道を離るべからず。是身を修むる道なり。

書き下し

一人の身になすわざ、何事にも道不在と云ふことなし。坐するには坐するの道あり。臥すには臥すの道あり。行くには行くの道あり。飲食には飲食の道あり。言ふには言ふの道あり。動くには動くの道あり。視るには視るの道あり。聴くには聴くの道あり。道を行はんと思はば、事ごとに道あることを思ひて、謹をいたして、しばらくも道を離るべからず。是身を修むる道なり。

現代語訳

人の身のなすことには、何事にも道がないということはありません。座るには座る道があります。寝るには寝る道があります。歩くには歩く道があります。飲食には飲食の道があります。言うには言う道があります。動くには動く道があります。見るには見る道があります。聴くには聴く道があります。道を行おうと思うなら、事ごとに道があることを思って、つつしみを尽くし、しばらくも道を離れてはいけません。これが身を修める道です。

解説

座る、寝る、歩く、食べる、話すといった日常のあらゆる動作に、それぞれ守るべき「道」があるという教えです。『中庸』の「道は須臾も離るべからず」を踏まえています。修養とは特別な場で行うものではなく、毎日の何気ない振る舞いの一つひとつを丁寧に行うことだというのです。禅の修行で食事や掃除を大切にするのとも通じる考えです。姿勢を正して座る、食事をよく味わう、人の話を最後まで聞く。そうした小さな所作の積み重ねが人を形づくります。

この章句が説くこと

道修身日常慎み中庸

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