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弁道 / 第一則

道難知亦難言。爲其大故也。後世儒者。各道所見皆一端也。夫道。先王之道也思孟而後降爲儒家者流。乃始與百家爭衡。可謂自小已。觀夫子思作中庸。與老氏抗者也。老氏謂聖人之道僞矣。故率性之謂道。以明吾道之非僞。是以其言終歸於誠焉。中庸者。德行之名也。故曰擇。子思借以明道。而斥老氏之非中庸。後世遂以中庸之道者誤矣。

新字:道難知亦難言。為其大故也。後世儒者。各道所見皆一端也。夫道。先王之道也思孟而後降為儒家者流。乃始与百家争衡。可謂自小已。観夫子思作中庸。与老氏抗者也。老氏謂聖人之道偽矣。故率性之謂道。以明吾道之非偽。是以其言終帰於誠焉。中庸者。徳行之名也。故曰択。子思借以明道。而斥老氏之非中庸。後世遂以中庸之道者誤矣。

書き下し

道は知り難く、亦た言ひ難し。其の大なるが為の故なり。後世の儒者、各〻見る所を道とす、皆一端なり。夫れ道は先王の道なり。思孟よりして後、降りて儒家者流と為り、乃ち始めて百家と衡を争ふ。自ら小にすと謂ふべきのみ。夫の子思の中庸を作るを観るに、老氏と抗する者なり。老氏は聖人の道を偽なりと謂ふ。故に「性に率ふ之を道と謂ふ」とて、以て吾が道の偽に非ざるを明らかにす。是を以て其の言終に誠に帰す。中庸とは徳行の名なり。故に「択ぶ」と曰ふ。子思借りて以て道を明らかにし、而して老氏の中庸に非ざるを斥く。後世遂に以て中庸の道と為す者は誤れり。

現代語訳

道は知ることが難しく、また言葉にすることも難しい。あまりに大きいからである。後世の儒者はめいめい自分の見たところを道だと言うが、どれも一端にすぎない。そもそも道とは先王(古代の聖王)の道である。子思・孟子より後、それは格下げされて「儒家」という一派となり、そこで初めて諸子百家と張り合うようになった。自ら道を小さくしたと言うべきである。子思が『中庸』を著したのを見ると、それは老子の一派に対抗するためのものであった。老子は聖人の道を作り物の偽りだと言った。だから子思は「人の性に従うことを道という」と述べて、儒の道が偽りではないことを明らかにしようとした。そのためその言葉は最後には「誠」に帰着する。「中庸」とは徳行の名である。だから「(中庸を)択ぶ」と言うのである。子思はこの語を借りて道を明らかにし、老子の説が中庸でないことを退けた。ところが後世はついにこれを「中庸の道」と呼ぶようになったが、それは誤りである。

解説

『辨道』の冒頭で徂徠は、道は大きすぎて誰も全体を言い当てられず、後世の儒者の説はどれも一端にすぎないと切り出す。道とは先王の道であり、子思・孟子以後に「儒家」という一学派へ縮んだという見立てが全編の出発点になる。『中庸』の「性に率ふ」も、老子の「聖人の道は偽り」という攻撃への反論として書かれた論争の言葉だと読む。言葉を、それが発せられた論争の文脈に戻して読むという方法そのものが、組織の理念や標語を読み解くときにも役に立つ。

この章句が説くこと

道先王中庸子思老子儒家

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