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大和俗訓 / 巻之六・躬行上

一後漢明帝の弟東平王、其國より都に參勤ありし時、明帝問うて曰、家に居て何か樂しきや。東平王答へて申さく、爲善最樂といへり。いふ意は、われ國にありて、臣を愛し、民の貧窮飢寒をすくひ、鰥寡孤獨を養ひて、善をするは、尤たのしきとなり。およそ人間の樂は、善をするほどの面白きことなし。いやしき匹夫も、善を行ふ志あれば、善をすること多く、其樂多し。日々善を行ひてやまずば、其樂きはまりなかるべし。況や富貴の人善を行はゞ、其功大きに廣くして、其樂もまた甚しかるべし。東平王の答、むべなるかな。凡善をすれば、我が心快く、人もまたよろこび隨ふ。また樂しからずや。

新字:一後漢明帝の弟東平王、其国より都に参勤ありし時、明帝問うて曰、家に居て何か楽しきや。東平王答へて申さく、為善最楽といへり。いふ意は、われ国にありて、臣を愛し、民の貧窮飢寒をすくひ、鰥寡孤独を養ひて、善をするは、尤たのしきとなり。およそ人間の楽は、善をするほどの面白きことなし。いやしき匹夫も、善を行ふ志あれば、善をすること多く、其楽多し。日々善を行ひてやまずば、其楽きはまりなかるべし。況や富貴の人善を行はゞ、其功大きに広くして、其楽もまた甚しかるべし。東平王の答、むべなるかな。凡善をすれば、我が心快く、人もまたよろこび随ふ。また楽しからずや。

書き下し

一後漢明帝の弟東平王、其国より都に参勤ありし時、明帝問うて曰、家に居て何か楽しきや。東平王答へて申さく、善を為すは最も楽しといへり。いふ意は、われ国にありて、臣を愛し、民の貧窮飢寒をすくひ、鰥寡孤独を養ひて、善をするは、尤たのしきとなり。およそ人間の楽は、善をするほどの面白きことなし。いやしき匹夫も、善を行ふ志あれば、善をすること多く、其楽多し。日々善を行ひてやまずば、其楽きはまりなかるべし。況や富貴の人善を行はば、其功大きに広くして、其楽もまた甚しかるべし。東平王の答、むべなるかな。凡善をすれば、我が心快く、人もまたよろこび随ふ。また楽しからずや。

現代語訳

後漢の明帝の弟の東平王が、その国から都に参勤したとき、明帝が尋ねて言いました。家にいて何が楽しいか、と。東平王が答えて申すには、「善を為すは最も楽し」と言いました。その意味は、自分は国にあって、臣下を愛し、民の貧窮や飢えや寒さを救い、身寄りのない者を養って、善をするのが最も楽しい、ということです。およそ人間の楽しみで、善をするほど面白いことはありません。いやしい庶民でも、善を行う志があれば、善をすることが多く、その楽しみも多い。日々善を行ってやまなければ、その楽しみはきわまりがないでしょう。まして富貴の人が善を行えば、その功は大きく広く、その楽しみもまたはなはだしいでしょう。東平王の答えは、もっともなことです。およそ善をすれば、自分の心は快く、人もまた喜んで従います。また楽しいではありませんか。

解説

後漢の東平王劉蒼の逸話で、兄の明帝に何が一番楽しいかと問われ、「善を為すは最も楽し」と答えたという話は『後漢書』に見えます。益軒はこの言葉を人生の楽しみの核心として取り上げます。善をすれば自分の心が快く、周りの人も喜ぶ。これほど確かな楽しみはないというのです。人の役に立つことが幸福感を高めるという研究は現代の心理学にもあります。三百年前の益軒が、そして二千年前の東平王が見抜いていた真理を、今も日々の中で確かめることができます。

この章句が説くこと

善楽しみ東平王仁幸福

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