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大和俗訓 / 巻之六・躬行上

あに樂まざるべきや。かく心の内に陰德をたもち、善を行ふこと久しければ、天道のむくいありて、あはれみをかうむり、其さいはひ子孫にいたる。此理は、古今、からやまと、其ためし多し。うたがふべからず。されども君子の善を行ふは、其むくいを望むにはあらず。自然の驗を云ふのみ。

新字:あに楽まざるべきや。かく心の内に陰徳をたもち、善を行ふこと久しければ、天道のむくいありて、あはれみをかうむり、其さいはひ子孫にいたる。此理は、古今、からやまと、其ためし多し。うたがふべからず。されども君子の善を行ふは、其むくいを望むにはあらず。自然の験を云ふのみ。

書き下し

あに楽まざるべきや。かく心の内に陰徳をたもち、善を行ふこと久しければ、天道のむくいありて、あはれみをかうむり、其さいはひ子孫にいたる。此理は、古今、からやまと、其ためし多し。うたがふべからず。されども君子の善を行ふは、其むくいを望むにはあらず。自然の験を云ふのみ。

現代語訳

どうして楽しまないでいられましょうか。このように心の内に陰徳を保ち、善を行うことが久しければ、天道の報いがあって、あわれみをこうむり、その幸いは子孫にまで至ります。この理は、昔も今も、中国でも日本でも、その例が多い。疑ってはいけません。けれども君子が善を行うのは、その報いを望むのではありません。自然のしるしを言うだけです。

解説

人知れず積む陰徳は、長い目で見れば天の報いを受け、その幸いは子孫にまで及ぶと益軒は説きます。頭注によれば『淮南子』人間訓にも同じ趣旨の言葉があり、『易経』の「積善の家には必ず余慶あり」にも通じる考えです。ただし益軒は、君子が善を行うのは報いを求めるからではなく、報いは自然に現れるしるしにすぎないと念を押します。見返りを期待すると心が濁るが、善を積めば自然とよいことが巡ってくる。この二つを両立させる考え方は、今も人の生き方を支える知恵です。

この章句が説くこと

陰徳善天道子孫報い

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